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- 2022.04.05 Tuesday
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人として生きているより桑子になったほうがいい。
玉の緒ばかりのわずかな命だとしても・・
人は口から暴言を吐き出し、桑子は口から糸を吐き出します。
暴言は喧嘩を生み出し、桑子が吐き出した糸は時間をかけて美しい絹織物に・・
桑を食べる桑子(蚕)は昆虫の一種なので一匹、二匹と数えられそうなものなのに
どういうわけか家畜のように一頭、二頭。
殺されたオオゲツヒメの屍体の“頭”から生じたのが一頭(?)の蚕。
保食神の場合は額の眉から二頭(?)の蚕。
また土神と火神の間に生まれたワクムスビの頭に生じたのが桑と蚕でした。
殺されたオオゲツヒメ(頭)と保食神(額)が生み出したのは蚕だけですが、
誕生したワクムスビは蚕にとってなくてはならない桑も一緒。
蚕にまつわる話で妙にかかわっているのが一頭の馬。
他に馬を愛するようになる娘が登場し、馬と娘は行方不明。
それからしばらくして発見されるのが桑の木に引っ掛かった馬の皮と白い芋虫。
この白い芋虫が蚕で養蚕業の始まりとなるのですが・・
何が言いたいのか?
桑の木を嫌うとされているのが轟音を響かせる雷。
以前 桑畑の井戸に落ち閉じ込められたことがあったからで、
クワバラクワバラという奇妙な呪文はこの話から。
桑の木に引っ掛かっていた馬の皮って落ちた雷(馬頭観音)?
落としたのが馬を愛し馬と行方をくらました先ほどの娘?
縦糸と横糸が絡み合ってキレイな絹織物は生まれます。
桑の木に馬の皮やピカドンの雷が絡んでキレイな絹織物になるかなあ。
これは大天使ガブリエルがマリアに告げた言葉。
フランチェスコ・アルバーニ 『受胎告知(annunciation)』
エル・グレコ 『受胎告知』
思いがけない妊娠を告げられたマリアはその時何をしていたのか。
“読書”というのが一般に多いけれど、
“糸を紡いでいた”とか“井戸水を汲んでいた”という説もある。
ラファエロ 『聖母子』
ボッティチェリ 『聖母子』
母となったマリアは我が子と一緒に一冊の本を読んでいます。
フラゴナール 『読書する少女』
左側面から描かれた清楚な少女は読書に没頭しています。
彼女が読んでいる本の作者は誰なのか。
今日は“本当に”暑かった!
神が自分に似せてアダマ(赤土)からアダムを創造したように、
縄文人も自分に似せて土偶を作っていたイメージが膨らみます。
ギリシア神話ではすべてが混じり合った渦のような状態のカオスから
大地母神ガイアは誕生しました。
樹木を育み、農作物を実らせる土神の母的存在がガイア。
そして日本の土神(埴安神)は
陰部を焼失し死に瀕していたイザナミノミコトの糞から生じたことを思い出すと
土のイメージはバッチイ。
群馬県吾妻郡東吾妻町郷原 出土 高さ 約30.5cm
女性をかたどったものとされていますが、
この土偶から女性美を引き出すのはちょっと難しい。
女性を象徴する乳房は小さいし、肩幅は男のように広い。
しかし左右対称の曲線で彩られた柔らかいカーブは女性的。
ところどころに小さな渦巻き模様も見受けられることから
混沌状態なのは肉体?
単純化されたハート型の顔で強調されているのが鼻・・ しかし口はない。
さらに股間の部分に形作られた空間が鍵穴に見えて仕方がない。
この鍵穴こそカオス時代に土(地)と一体化していた空(天)?
蕾の周囲にある5粒の丸いものはガク?
葉のサイズもバラバラなら、ガクのサイズもバラバラ。
丸い葉と丸くない花。
近年、ビルの屋上緑化に利用されているマンネングサ。
土がないところで成育できる万年草は根を張らないのがいい。
手のつけようがないぐらいに巨大化してしまう最大の原因が
地中深くにまで根を張りめぐらすこと。
巨大化した恐竜が滅亡したように巨大になりすぎたものはいつか必ず滅びる。
根を張らない万年草が地球の汚れた土を救う?
大和国の“物実(物代・物種)”として認識されていたのが天香具山の赤土。
天照大神とスサノオノミコトの誓約で誕生した子を表現する場合も
物実という言葉が使われていました。
“五柱の男子は物実我が物によりて成れり。故、自ら吾が子ぞ。”
先に生まれし三柱の女子は物実汝が物によりて成れり。
故、すなはち汝が子ぞ。
五柱の男子は天照大神の物実だった五つの玉の緒から生まれたので天照大神の子。
三柱の女子はスサノオノミコトの物実だった剣から生まれたので
スサノオノミコトの子。
それぞれ相手の物実を口の中に入れて粉々に噛み砕き、
それを息のように吐き出しています。
いつの間も 神さびけるか 香具山の 桙杉の本に 苔生すまでに
桙杉(ほこすぎ)とは矛のように真っ直ぐに伸びた杉。
その桙杉を成長させたのが香具山の神聖な土。
“物種は盗まれず”という諺があり、
その人の根本に流れる血筋は絶対的なもの。
天から降ってきた香具山の土は大和国の物種(物実)であり、
決して盗めないものの象徴。
大和の 宇陀の真赤土の さ丹つかば そこもか人の 吾を言なさむ
真赤土(女)に染まった私(男?)をみて周囲の人は何と言うでしょう。
日本の国旗を見れば一目瞭然!
核となる赤い部分が外側に滲み出すことは決してない。
美しさに見とれてしまった日本原産の額紫陽花。
キラキラした両性花も雨で滲んだような装飾花もどちらも絵になる。
質問者 “紫陽花って挿し木で増やすことが多いけれど、
紫陽花の花に種はできますか?“
回答者 “ハイ。発芽可能な種は10月以降にできます。”
今まで紫陽花と種が結び付いたことはなく、
今回どうして紫陽花の種が気になったかというと・・
死者に手向ける花が紫陽花だと知ったから。
あぢさゐの 下葉にすだく 蛍をば 四ひらの数の 添ふかとぞ見る 定家
梅雨時に咲く紫陽花の四ひらの数のガクの下で蛍が添う?
成虫になった蛍は蒸し暑い梅雨時に発生し、
お尻の光を放ってパートナーとめぐり合う。
与えられた命の時間は10日前後。
力の限り乱舞する蛍の光の先にあるのが死という別れ。
はかない命の蛍が安心できる場所は人目につかない紫陽花のガクの下。
美しい滲みはそこに蛍の光があったから。
※ ♪蛍の光♪の原曲はスコットランド民謡“Auld Lang Syne(楽しかった昔)”
グー・チョキ・パーのパーに似た感じのウチワサボテン。
トゲトゲの指先にはマニキュア?
楕円形のペランとした部分(実際は茎)が団扇に見なされ団扇サボテン。
“あんた! 便所掃除・・さぼったでしょ!”
“ウチはサボッテヘン”
茎とは思えない肉厚的な茎は食用(サボテンステーキ)にもなる。。
蕾の頃は如何にもサボテンの多肉的血筋を受け継いでいるのに、
花はこんなに華麗です。
団扇から団扇をドンドン増やし、アッという間に団扇塔。
バランスの良さはサボテン(仙人掌)独自のオリジナル。
不老不死を得たという仙人の掌は内輪でつながり、
最も重視するのが団扇サボテンのようなバランス?
神が自らに似せて創ったアダムの素材は耕作に適さない粘土質の赤土。ギリシア神話も聖書と同様、人間の素材はやはり赤土。製作者は先見の明があったプロメテウスで、ゼウスとの約束を破ってでも我が子のような人間に火も与えてくれました。また天から降ってきたという天香具山の土も神聖な赤土(埴土)で、この赤土を自分のものにしようものなら殺される運命が待ち受けていました。そして殺されたのが10代目崇神天皇の世に出現したタケハニヤス(武埴安)彦と妻の吾田媛。
春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣干したり 天の香具山
生前プール付きの豪邸に住みたいと思っていたジョー・ギリスの希望は意外な形(プールに浮かぶ死体)で叶えられます。アメリカ西部(ロサンゼルス)にあるヤシの木の並木道で有名な“Sunset Boulevard”を駆け抜けていくパトカーがオープニング映像。映画産業の中心地ハリウッドに近いサンセット大通りの一角にノーマルとは言えない女優ノーマ・デズモンドの豪邸があり、時間が止まったような屋敷に紛れ込んでしまったのがウィリアム・ホールデン扮する映画の脚本家ジョー。お金に困っていたジョー(厳しい現実)とお金に困っていなかったノーマ(映画のような夢の世界)。
環境が違い過ぎたジョーとノーマは折り合うことができず悲劇は起こります。この物語の進行役を務めるのがプールに浮かぶ死体となったジョー。こうして話は6ヶ月前に溯り、ジョーは自分が死ぬことになった経緯を語り始めます。
実際にサイレント映画の女優だったグロリア・スワンソンと映画のノーマはまさに現実と映画が交錯している感じで、不自然な時間の歪みが丁寧に且つ不気味に描写されています。まず気になる存在がこの宮殿のような家の執事マックス。彼は三回結婚したノーマの一番初めの旦那で、彼女と離れたくないので執事になったとか・・ 時代の変化に対応できず、未だにサイレント時代の女優であり続けた妄想癖のノーマ。同居人マックスは現実を直視しない彼女を守ることが自分の務めであるかのように忘れ去られた存在のノーマにファンレターを書いています。現実を見ようとしないノーマはマックスのおかげで好きな夢を見続けることができました。そんな二人の間に割り込んだのが現実直視型の貧乏ジョー。
映画女優だったノーマと同じようにジョーもまた脚本家として映画に携わっていました。相反するタイプに見えた二人の共通点が作り物である映画。サロメの主役として再び脚光を浴びることを望んでいたノーマは過去に何度か自殺未遂を図ったことがあり、彼女の屋敷にあるすべての部屋に通じるドアには鍵がありません。表現を変えると彼女は自分の本心をさらけ出し男の愛を求め過ぎたのかも。結局三回も結婚と離婚を繰り返し傷の絶えないノーマに最後の最後まで付き従った男の器は名前と同じようにマックスでした。そして猿の葬儀屋に間違われたジョー・ギリスはノーマにとって4番目の男。
オープニングのクレジットから雲がかかったような不鮮明な映像で、その不鮮明さは物語の進行とともに異様な空気を漂わせていきます。初めはノーマが書いたサロメの原案の修正を任されたジョーですが、次第に彼の私生活にまで侵入するノーマ。彼女の束縛に耐えられなくなったジョーは毎晩邸宅を脱け出し、ある女性と会っていました。彼女も映画の脚本家を目指していて、自分の意見をズバッと言う賢い女性ベティ。過去に執着して生きるノーマとは違い、ベティは現実を生き現実に仕事をこなしています。婚約者がいながらジョーに恋してしまったベティ。どっちつかずのジョーが最後に選択するのは?
健全な空気とは正反対の淀んだ空気が初めから最後まで充満しているにもかかわらず、そのイヤ〜な空気にハマって目が離せなくなってしまう不健全映画。しかし魔力のある脚本で映画は見事に成功しています。映画はやはり脚本がすべて? ノーマもジョーもベティもこだわっていたのが裏方の仕事だった脚本。気分を害する脚本なのに映画の魅力はなかなかのもの。空気の淀みは半端ではなく深呼吸すらできない雰囲気。途中で気分転換の深呼吸をしようものなら窒息死してしまいそう。
* 監督 ビリー・ワイルダー * 1950年(米)作品
* 出演 ウィリアム・ホールデン グロリア・スワンソン
★ 暖炉の前で横たわっていた猿はインパクトがあった。
ひっそりと咲く擬宝珠は植物界の宝珠。
閑かさや 土にしみいる 雨の音 (擬句?)