スポンサーサイト
- 2022.04.05 Tuesday
一定期間更新がないため広告を表示しています
- -
- -
- -
シャチを漢字で書くとサカナヘンにトラで『鯱』。
英語では“Orca”あるいは“Killer Whale”となり、
恐怖の生き物のような名前が付けられています。
陸の王者が虎なら海の王者は鯱?
シャチはハクジラ(歯鯨)の一種でサカマタ(逆叉)という名前でも呼ばれる
海に生きるデッカイ肉食動物。
自ら発した音波が前方にあるものにぶつかり、
その反響音を下顎の骨でキャッチするという高等な生態。
反響音(波形)でそのモノの成分まで理解してしまう賢さは人間の比ではない。
アイヌで信仰されていたのが“しゃち”という名前の海神で、
人々に豊漁をもたらす幸(さち)の神。
魚はもちろん鯨まで食べてしまうシャチは白黒のツートンカラーで、
白(腹)黒(背中)が明確に区別されています。
白黒をハッキリさせたいのがシャチ?
反芻胃で何度も咀嚼を繰り返した丑年は去り、
もうすぐ鯱という漢字の魚を取り除いた虎(寅)年を迎えます。
海の恵みをもたらしてくれる幸神としてアイヌの人たちに守られてきたのが鯱。
陸上生活に切り替える以前の虎はもしかしてシャチ?
かつての鯱が来る年2010年の日本経済に
多くの幸(サチが転じてシャチ)をもたらしてくれますように!
今月14日に運航が廃止されたオリエント急行(パリ・イスタンブールを結ぶ)を舞台に展開する有名な殺人事件。オリエント急行が誕生したのは1883年で、つい先日100年以上も続いた華やかな歴史にピリオドが打たれました。この世で継続することの難しさを改めて感じると同時に、世の中が如何に目まぐるしく変化しているかを示しているようなニュースでした。創業時の豪華な寝台列車から第二次大戦後は普通の観光列車に変わり、最後は運航停止という末路を迎えたオリエント急行。現実に存在しなくてもこの映画の中で雪をかき分けモクモクした煙を吐き出しながら進み始めたオリエント急行のラストシーンはカッコ良かった!
そのラストに至るまでは雪の中で立往生したオリエント急行が象徴するように、車内で殺人事件が発生。難問を解決するのがイスタンブールからたまたま乗り込んでいたベルギー人ポワロ。ポワロの生みの親アガサ・クリスティはイギリス国籍なのにミステリーを解決する探偵役ポアロに設定した国籍はベルギー。ポワロの英語の喋り方は日本人っぽくて確かにネイティブではない感じ。ベルギーの公用語はオランダ語(北部)・フランス語(南部)・ドイツ語(南部)でベルギー語というのはないみたいです。仮定の話ですが、もし南北に住むベルギー人が真ん中辺りで出会って話そうとしても通じないということですね。
オリエント急行に乗り合わせていた乗客は国際色豊かで喋り方もみんなユニーク。
登場人物が多いので内容を理解しにくいですが、謎解きよりポワロの緻密な記憶力とその記憶のつなげ方が最大の見所! アルバート・フィニーが扮したポワロはポワンとしているようで実は人の話をスゴク覚えていて、会話の矛盾を徹底的に指摘できる賢い人物。どんな難問も解決できる根源は人の話を聞き逃さない記憶力のようで、上辺の細工に騙されることは決してないのがポワロ。映画の最後の方で示された犯人の一人が言った「あなたの出現は予想外で口裏を合わせる暇がなかった」という発言がポワロの特殊性を証明しています。
監督は法廷映画として名高い“12人の怒れる男(1957)”を手掛けたシドニー・ルメット(1924年生まれのポーランド系ユダヤ人)。さらに往年の有名俳優(アンソニー・パーキンス ローレン・バコール ショーン・コネリー イングリッド・バーグマンなど)が出演者として名を連ね華麗なオリエント急行時代にふさわしい仕上がりになっています。時代とともに銀幕を彩る俳優が変わっていくように現実の世も刻々と変化している結果としてオリエント急行の運航は廃止されました。しかし時間よ止まれを実践できる銀幕世界でオリエント急行も往年の俳優も生き続けています。
オリエント急行内で殺人事件に至る背景にあったのがそれ以前に起こっていた少女誘拐事件。身代金要求に応じたにも関わらず、少女は殺害され被害者家族全員が悲劇的な死を迎えていました。その被害者家族の怒りを代弁するかのように集結したのが以前から彼らと交友関係にあった12人。映画の中でも12という数字がキーワードに使われています。日本の干支は12種類だし一年は12ヶ月・・時計の針が1時から12時まで時を刻んで一回転。先の“12人の怒れる男”を思い出すとルメット監督がこだわっているのは12という数字? 何かが終わると同時に何かが始まる接点に位置しているのが12で13には決してならない。
ところが日本では十三夜や十三参りなど13という素数は尊重されているように思います。2009年12月は明日で終り翌日は2010年1月になるわけですが、13月という呼び方もあるらしい。加害者と被害者の関係は終りのない闘いのようなもので、12月で終わって新たな新年ということにならないのが彼らの本音なのかも。映画の中では12人の被害者の恨みは12の傷で何とか晴らすことができたのでは・・最後のポワロの人情味ある裁きで雪の中に深く埋もれていたオリエント急行は元気を取り戻し前進することができました。
* 監督 シドニー・ルメット * 1974年(英)作品
* 出演 アルバート・フィニー ローレン・バコール
★ 何人かの俳優がポワロを演じましたが、アク(灰汁)の強いアルバート・フィニーは強烈!
YouTube - Train-departed Shot from Murder on the Orient Express
若い頃の記憶はフレッシュな形で留まりますが、忙しい中年から記憶力が鈍る熟年になると記憶も体験もドンドン失われ混沌の海に垂れ流し。体験や知識が豊富になる半面、“強烈”という感覚からズレッパナシの昨今でした。そんな中、脳が訴え始めたのがこのメロディは知ってる!初めてじゃない!という強烈な何か。
荘厳な雰囲気にアレンジされた“幼子が生まれたら”はキリスト教世界の奇跡のようなもの。処女マリアがイエス・キリストを誕生させたことも奇跡だし、一度死んだイエス・キリストが再生することも奇跡。そんな奇跡をこの世で体験できた人は2009年の名言『チェンジ』を実践できる人になれるんじゃないかな。変化できる人であり変化できる日本であることを願います。
ソーラン節は北海道民謡、カツオ節は蒸して乾燥させた日持ちがする鰹、では“トコ節”とは何でしょう? 床の間に飾る鰹節ではありません。常世国で歌われる民謡のような気がしないでもないけれど違います。正解はアワビによく似たミミガイ科の巻貝で食通の人は知ってたかな。半世紀以上も生きてきたエスマルですが、トコブシ(床伏・常節)という貝を知ったのは初めて。印象としては貝らしくない(知らなかったから余計にそう感じるのだと思う)名前だなという感じ。
キッカケはネットの取り寄せで徳島県の“祖谷(好きなのにイヤと読まされる)そば”の検索中に出会いました。徳島県物産コーナーで“流子”という名前(ますます貝のイメージから遠い!)で紹介されていて、神話で海に流されたヒルコを連想しそうな奇妙なナガレコに注目したのが始まり。調べてみると徳島や高知で呼ばれることが多いのがナガレコで、全国ではトコブシと呼ばれています。ナガレコにしてもトコブシにしてもかなりユニークな命名だと思うんですが・・ 巻貝というグループに属してはいるものの、サザエ風ではなく見た感じでは二枚貝の一枚の殻を外したような形をしているのがトコブシ。
後家の女を意味する“ゴケンジョ”という別名もあり、その理由は先に記したようにアワビと同じ片貝であることから名付けられました。分類上では巻貝になっているけれど、トコブシは中身丸見えの一枚貝。殻一枚で海底の岩場に潜り込んで生きているのがトコブシ。片方の殻がないので身の安全を図るため自ら考え出したのが動かない大きな岩なら自分を守ってくれる? 旦那を失った未亡人も一人でこの世を生き抜くのは大変です。
殻の外側と内側は写真のように全く異なる世界で、光沢のある内側はキラキラした輝きを放っています。流れ流れてどこへ行こう(といっても岩場に隠れているはず)としているのか・・ 知名度はアワビにかなわないけれどアワビの食感との差はそれほどないように思います。コリコリがアワビならクリクリがトコブシ。アワビよりお手頃の値段だし、調理なしですぐに食べられる(缶詰で味付き)のがいい。ということで夕食はカボチャとカブラを加えてアレンジしたラーメンスープにトコ節を添えて食べました。
金儲けに執着すればするほど規模を拡大し、効率化を図ることが求められます。しかし最近の企業が目指しているのは規模の縮小で、拡大の時代はもう終わったのかも。意識改革は国や企業だけのものではないはず。個人が目指す方向がお金にかかわっている限り、増えたり減ったりする(この20年が証明してる)お金に惑わされます。
反芻胃を持つ牛の年の年末に大切なお金に関して反芻してみるのはどう? この20年間の右肩下がりという現象が何らかの方向性を与えてくれているように思います。
イエス・キリストがベツレヘムに誕生したことを知らせる大きな星を確認して旅に出たのが東方三博士と呼ばれていたエラ〜イ御三方。彼らは新たな王の誕生を祝い黄金・乳香・没薬をキリストへの捧げ物としていました。没する薬と書いてモツヤクと読む“没薬”は古来より死体の防腐剤に使われていた没薬樹(ミルラの木)の樹脂で、すでにキリストの死を予言していたかのような三博士の選択でした。また古代エジプトのミイラ作りに際し用いられた防腐剤がミルラ。ミイラはミルラで腐らない?
ギリシア神話にもミルラの木に変身させられた女性が登場しています。その女性とはアフロディテに愛されたアドニスのママで名前はミルラによく似たミュラ(スミュルナとも)。彼女はキプロス島の王女で美の女神アフロディテにも負けない美しい女性。そのことが災いとなりミュラに嫉妬したアフロディテは彼女に魔法をかけました。白い牡牛を愛するようポセイドンに仕向けられたのがミノス王の妻パシパエ。
そして自分より美しいと噂されていたミュラが仕掛けられた魔法が実の父に恋してしまうタブー行為。
男女の恋やセックスを裏で操っているのは神々のようで、美しいミュラはその美しさが罪となり近親愛という罪を犯すことになります。知らずに娘と交わった父(キプロス王)は怒り狂い実の娘を本気で殺そうとする情けない展開で、王はまたしても娘を殺そうとしています。王にかかわると殺される? しかしタブー行為が実を結ぶ結果となり誕生してしまうのが美少年アドニス。彼もまた母に似て美しさ故に女神に愛され、若くして悲劇的な死を迎えます。この世で長生きする術は美しさを捨て去り穢れをまとって生きること。
父に殺されることを嫌ったミュラは毎日毎日逃げ続けました。しかし永遠に逃げ続けるわけにもいかず、彼女は神に祈りを捧げます。私をあの世にもこの世にも属さない何かに変えてほしい・・と。そして彼女の切実な願いは神々によって聞き届けられ、ミュラはあの世のもでもなくこの世のものでもないミルラの木になりました。動くミュラから動かないミルラになり、ミルラの樹脂(芳香性が高い)から生まれた(他にもいくつか説はありますが今回はコレを採用)のがアドニス。ミイラ(英語でmummy)の防腐剤に使われる樹脂はミュラが誕生させたアドニスだったのでは・・
ミルラは香油として死体に塗られミイラの長期保存に役立ったはず。通常なら腐敗臭で耐えられないクササを発散するのが死体ですが、ミルラ(元はタブーを犯した罪のある女性)に塗布された死体はいい匂いだったと思います。ミュラが願ったこの世にもあの世にも属さないものはマミーを腐敗から守る木。穢れ多いこの世で穢れに染まらず生き抜くにはあの世とこの世の境目しかないと判断したのがタブーを犯したミュラ。罪を背負いながら動き回るより、罪を背負って留まる方がラクかもしれない。
腐敗防止に役立つ香油に関する話で思い出すのは新約聖書に登場するマグダラのマリア。性的不品行という罪を背負っていたマリアの持ち物が油壺で、多くの画家が好んで描いたのが油壺を持ったマグダラのマリア。新約聖書の中の彼女はキリストの足に香油を塗った女性という風に表現されているのですが、先のミイラとミルラ(樹脂)の関係を思い出すとキリストとマグダラのマリアも深い関係だったのでは・・またミュラとマグダラのマリアに共通するのが性的不品行という罪。そんな罪深い女性二人が香油にかかわっています。
救世主を意味する“メシア”は香油を注がれた者という意味があり、東方三博士が持参した贈り物の一つが没薬という香油でした。メシアとなるには一度死んで再生する必要があり、イエス・キリストの肉体保存のために使用したのが没薬? 死んでいる間のキリストを腐敗から守ったのがマグダラのマリアなのかも・・処女マリアから誕生したキリストを神の位置まで押し上げたのがもう一人のマリア。罪深い女性だったというミュラが変身したミルラの木から流れる樹脂は濁りがなく、その樹脂で塗布されたのがイエス・キリストだったような感じ。頭文字Mの女性が備えていたものはセイ(生・精・聖)を腐らせない香油でした。
母が子に向ける慈愛(charity)であることは間違いなさそうですが、一人のママに対して似たような年齢の子が何人か絡み付いているのが特徴。乳房を差し出すママとその乳房を吸う子の二人だけを描いた “charity” には出会わなかったです。愛は一人の子だけに注ぐのではなく複数の子に注ぐのが慈愛? 社会的弱者を救おうとするのが現代のチャリティー感覚ですが、バロック期のチャリティーは絡まり合う母子関係が主流で社会とは隔絶した位置にあったように思います。
罪を背負った官能的女性のもう一面の顔は慈愛に満ちた母そのものだったのかも。
神の子をこの世に生み出す秘訣は官能と慈愛。
“ charity”と名付けられた絵画中心の動画でチャリティーを味わってください。
歌はビング・クロスビーの ♪ TOO-RA-LOO-RA-LOO-RAL ♪。
アヴェ・マリアのアヴェ(Ave)は『こんにちは』とか『おめでとう』を意味するラテン語で、マリアを祝福する楽曲♪アヴェ・マリア♪は多くの偉大な作曲家により異なる感性の創作がなされました。絵画でも聖母マリアやマグダラのマリアなど、著名な画家が好んで表現したのがマリアという名の女性。聖母マリアの神秘性は言うまでもなく、罪の女と断定されたマグダラのマリアも救世主に深くかかわっていました。
古代ユダヤ人が待ち望んだとされるイスラエルの偉大な王を彼らは“メシア(Messiah)”と呼び、“香油を注がれた者”という意味のメシア(ヘブライ語)がギリシアに入って呼ばれるようになった名前がキリスト(ギリシア語)。キリスト出現に至る経緯で興味深いのが聖書にすでに救世主誕生が予言されていたこと。聖書に書かれていた話は結果として予言的中という形で現実化しました。
そのメシアたる人物イエス・キリストに香油を注いだのがマグダラのマリア。死体が腐敗するのを防ぐ(外部と遮断する)ためのものが香油で、一度死んだメシアは又しても予言通り再生します。その再生にかかわったのがマグダラのマリアで、処女マリアから誕生したメシアは娼婦マリアによって再生する話を記しているのが新約聖書。久しぶりに♪Ave Maria♪を何度も何度も聴きました。淀んだ空気を一掃する神聖な何かが感じられる名曲をクリスマスイヴに贈ります。
YouTube - Ave Maria(シューベルト) YouTube - Ave Maria (グノー).
クリスマスシーズンに欠かせない植物はメキシコ原産のポインセチア。しかし花はないに等しく花弁のように赤く(最近は白やピンクも)目立っているのは葉。赤い葉(苞)に囲まれるようにしてあるのが目立たないホントの花(黄色っぽい)で花弁はありません。花弁のないホントの花の代わりを受け持つのがホントの花を保護する変色自在の葉。そんな特殊な植物が赤鼻のトナカイや赤いマントに赤い帽子のサンタとアカトリオで肩を並べます。
かわいい名前のポインセチアを日本人はショウジョウボクと名付けました。
イメージ違いすぎるぅ〜!
名前になっている猩々とは酒飲みの怪物くんのこと。
しかしこの怪物・・実は中国伝来の想像上の生き物でこの世には存在していません。
実在しない生き物の名前を与えられたのがクリスマスを彩るポインセチア。
ケモノヘンに☆星☆という漢字もユニーク!
原産国メキシコでの呼び名はノーチェ・ブエナ(聖なる夜を意味する)。
ポインセチアやノーチェ・ブエナはクリスマスにふさわしい響きなのに、ショウジョウボクだけ浮いている? でも猩々は現実に存在しないので浮いていて当然!
聖なる夜を演出するのは白い雪ではなくトナカイの鼻まで赤い赤グループ。美しいものには毒があるという言葉通り、ノーチェ・ブエナには毒があるのでご用心。
ママを意味する幼児語マミーは“mammy/ mommy/ mummy”と綴ります。
aでもoでもuでもOKのマミーがサンタにキスしている現場を見てしまった少年(少女ではない感じ)の歌。ママとサンタに扮したパパが仲良くしているのをたまたま見てしまった僕・・ママを一人占めできなくてチョット辛かったかも。かわいい音色のウクレレでアレンジされ、少年のジェラシーなどを感じさせない明るい曲に仕上がっています。歌詞内容を吟味すると少年の夢(サンタはいなかった!)が砕けてしまった瞬間を歌ったようにも感じますが、軽快なメロディが少年のショックを和らげてくれました。ウクレレが合うのはハワイアンソングだけではないことが分かる曲。