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ビッグ・フィッシュ

          

メキシコ人の愛情表現の一つに、好きな人の最後(死に際)をラブレターで告白するというのがありました。 そのことを思い出させてくれた映画がコレ!  幼い頃から大ボラ吹きの父親を理解できなかった息子が、最後になって父の死を物語にして語り始めたのを観て メキシコ人の愛情表現のラブレターとどこか似たような感じがしました。

物語の主人公エドワードは、事実をオモシロク脚色して話すのが上手なオヤジ。
一人息子のウィルに語って聞かせた話は、すべてこのオヤジの作り話でありホラ話でありそして夢のようなお伽話。 しかしそんな父親の話が現実離れしすぎていることに不信感を募らせ、一時 父と子は断絶状態にありました。 真面目さゆえの息子ウィルは、父親のホラ話ではなくホントの話を知りたかったのだと思います。

断絶していた二人が顔を合わしたのが、父エドワードの死に際。 幼い頃 森に棲む魔女に自分の最後を教えてもらったエドワードは、多少の危険を冒してでもさまざまなことにチャレンジして自分の道を切り開いてきました。 その話が事実なのか作り話なのか聴く側は理解できないまま、エドワードが語る話は周囲の人々の心を盛り上げます。 生きるという事実だけのつまらない話ではオモシロクないので、オヤジが工夫してたくさんの色を付け加えた結果 息子は混乱しました。
                      

タイトルの “ビッグ・フィッシュ” は、人が釣り上げようとしてもなかなか釣ることができない賢い魚のことで オヤジは最後にこのビッグ・フィッシュになって海へ還ります。 誰かによって書かれた名無しの人物を歩まされるような人生ではなく、自分で自分の脚本を書いてその自分を演じて最後に自分が伝説の人になるように エドワードは自分で自分の物語を創り上げました。 見方によっては大ボラなんだけれど、そうなるとリンリンリンと鈴音を響かせてやってくるトナカイに引かれたソリに乗ったサンタのオヤジの生みの親(?)も大ボラ吹きということに・・ 事実と物語は幾分 混沌の中に同居しているように思います。
    
世界の国々に語り継がれている神話も、そのほとんどが荒唐無稽の分かりにくい話ばかり。 誰しも毎日起こる現実だけを受け止めて歯を磨いて寝るだけなんてイヤですよネ! 人は何かを創造することを楽しみ それによって新しい発見があり喜びも湧いてきます。 そのうちの一つがホントかウソかを疑いたくなるような “作り話”・・ 表現を変えると話上手。 不快な作り話はイヤですが、その話を聴いて笑ったりビックリしたり泣いたり・・ あるいは懐疑心を抱いたりすることが “生きる” ということの基本であるように思います。

           

父親の作り話についていけず 成長とともに不信感を持つようになっていく息子のウィルが死が迫った父に接することで “ホントの父” を探すため、父の作り話の検証を始めます。 
父の息子に対する愛情があるからこその作り話がいつの間にか話だけに終わらず、最後は父が息子に語ってくれた人物が全員 葬儀に参列します。 現実にその作り話のようにこの世が展開していくことだってあるかもしれないと感じさせてくれる一瞬を 伝説のビッグ・フィッシュになった大ボラ吹きのオヤジが教えてくれました。

* 監督 ティム・バートン      * 2003年 作品
* 出演 ユアン・マクレガー    アルバート・フィニー    ジェシカ・ラング

魚 「私はいつも ありのままの自分でいた。 それが見えないのはお前が悪い。」 と息子に言い放ったオヤジは、最後 その息子が作った死に方で死にました。

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  • 2018.10.19 Friday
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