“母子相姦” という言葉から感じる陰湿さを全く感じさせないママと14歳の少年との交わりで話題になった映画。 当時 上映禁止や映像カットの騒ぎになるなか、ルイ・マル監督自身が 「自分の体験だ」 などと おおっぴらに言うものだから社会に対して投げかけた波紋はますます広がる始末。
社会の常識に屈しなかったルイ・マルの熱い想いは、無事 日の目を見ることになりました。 1954年 フランスのディジョンという都市が舞台。 仏印戦争(こんな戦争があったの?)が時代の背景になってはいるものの、主人公の少年ローランは戦争とは全く関係がないジャズに身を置いて遊びほうけている秀才クン。
戦争で傷を負った兵士たちのために寄付を!という掛け声だけで、友人と寄付金集めをしているローラン。 レコード店で寄付を募るフリをしながら、好きなチャーリー・パーカーのレコードを拝借してしまうという 調子がいい放蕩息子の両親は経済的にも恵まれた生活をしていました。
父親の仕事は産婦人科医 母はセクシーな魅力に溢れた不倫をしている女性。 イタリア人のお手伝いさんもいて、三人兄弟の末っ子として育ったローランは、キレイな母親の愛撫が大好き! 学内の神父から懺悔を求められてもそのときだけ適当に懺悔したふりをして、実際のローランはその直後に煙草の煙を吐いている始末。 でもアッケラカンとしていてイイカンジ!
彼の兄弟も含めてやりたい放題の若さは、規律や統制を大いに乱しています。 そんな息子たちの母親クララもまた、やりたい放題で好きな男と一緒に車でデート。 戦争で毎日 死者や負傷者が出ている社会にあって、ローランやママは好き勝手な毎日を送っていました。 とにかく優先させているのは、社会のことより自分がしたいこと。 カッコつけないローランの気性は、母親の因子が勝っているのかも。
チャーリー・パーカーのサックスがバックで流れ続けます。 サックスの音色が突出するチャーリーのジャズとローランの自由気ままな行動は、どこかで結びついているよう・・ 激しい女好きとやりたい放題の自由という点において・・ そしてついでにローランの母親もやりたい放題。 しかし何故か陰湿な空気が流れないのはフランス流? それとも ルイ・マル流?
陰湿さを感じさせない空気は、映画のなかで常識や規律を口にする人が誰もいないことが原因なのではないかと思います。 日本で特に多い 「勉強しなさい」 という言葉を発した人は誰もいませんでした。 親が子供を管理せず、子供の自由にさせていたことがこの爽やかさを生んでいるようなカンジ。 母親がデートで不在中、ローランはママのように化粧をして女を演じていました。
型にはまった息子を育てることだけに熱中している母親ではなくて、彼女は自分の感情に素直に好きな男と付き合っていました。 しつけや教育を重視する親の立場を放棄して、二人一緒に遊ぶという友人のような関係にあったのがローランと彼の母親クララ。 付き合っていた男と別れてショックを受けていたママを相手に慰めている息子ローラン。 どう考えても親と子の関係には見えない・・ むしろ恋人か友人のように感じられました。
そして最後に訪れた二人の親密な関係・・ 「これからどうなるの?」 とローラン。 「これだけよ。誰にも話さないのよ。私たちだけの秘密。後悔なんてしないのよ。懐かしく思い出すのよ。」 とクララ。 本の知識より経験を重視していたクララの考えが現実になって、秘密を共有することになった二人。 仲がヨカッタ母と息子は、あらゆる神話物語に象徴されているように秘密を共有することが多いのもまた事実。
* 監督 ルイ・マル * 1971年 作品
* 出演 ブノワ・フェルー レア・マッサリ
ママの遺伝子をたくさん受け継いでいたのが三人兄弟の末っ子ローラン・・ だから否応なく惹かれ合ってしまったのかも。