スポンサーサイト

  • 2017.10.26 Thursday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


厚意より皇位

神八井耳命(兄)と神渟名川耳命(弟)は皇位を狙っていたタギシミミ(異母兄)を無き者にしようとした。 殺人に際し兄はたじろぎ弟はたじろがなかった。 結果、弟が綏靖天皇として即位することになる。 トップに立つ者は情け容赦なく邪魔者の首をはねなければならない。 皇位の奪い合いに巻き込まれなかった日子八井命(長子)に関する伝承はない。

個性は宝

神武天皇は東征を境に日向妻 (吾平津姫) を棄て大和妻 (ヒメタタライスズヒメ) に乗り換えた。 しかし血を見る惨劇は起こらなかった。 住む場所が違っていたから? ところが時を経て吾平津姫の子 (タギシミミ) がヒメタタライスズヒメの子 (後の綏靖天皇) に殺されるという事件が起こった。 皇位を乗っ取ろとしていたタギシミミは父の崩御を受け大和に進出。 かつての父がそうだったように息子もまた故郷を棄てた。 新天地を求め東方に向かうのは男。 旺盛な開拓心で東方を目指した神武天皇に対しタギシミミは父のコピーだった。 

オシマイにしよう

                   さ迷う時代はもうオシマイ!
      決心した神武天皇は難波(浪速)を避け熊野まで迂回したにもかかわらず、
                    船を下りた途端にダウン。
                    その原因を考えてみました。
    母なる海 (すべてを受け止め水に流す) に別れを告げなければいけなかったから。
                   許してくれる人は陸にはいない。        

イナヒノミコト

“我がルーツは天神(父)と海神(母)・・ にもかかわらず陸でも海でも我を苦しめるのはどういうことか!” 熊野の沖合で暴風に遭遇したイナヒノミコト(稲氷命・稲飯命)が切羽詰まった状況に耐えられず吐露したのが上記の言葉。イナヒとは日向で誕生したウガヤフキアエズノミコトの四人の男児のうちの一人で、母は海神の娘だった豊玉姫の妹にあたる玉依姫。彼女はウガヤくんの乳母的役割を果たし、さらには成長に伴う養育者でもありました。その結果、極端に離れた山と海の血を受け継ぐウガヤくんは母年齢の玉依姫と近親結婚。そんな近い間柄の二人の二男として生まれたのが稲にかかわるイナヒ。イナヒの弟(末っ子)になるのが後に神武天皇という肩書きを持つイワレビコで、冒頭の言葉は兄弟四人の東征に際しイナヒが述べた感情的な言葉。

その後イナヒは携帯していた剣を抜き、海に入って“サヒモチ(鋤持)の神”になったという話。サヒモチ(鰐あるいは鯱を意味する)の漢字に使われた“鋤”は手作業で土を反転させ農地を耕すための道具の一つで、イナヒは鋤を持って海に入ったのではないかと想像されます。陸地で土を反転させるのが鋤の役目。本来は陸地で使用するべき鋤を海で使えばどうなるか。鋤持のイナヒは自ら置かれていた現状に苛立ちを募らせていました。その苛立ちの極限行動が海に入る・・すなわち入水自殺。陸でも海でも苦しめられ自分の居場所が分からず危機的状況にあったと思われるイナヒ。
そのイナヒが海に入り鋤持の神になったという話は何を物語っているのか。イナヒが潜む海は陸以上に危険な要素を含んでいるという事実なのでは・・ そんな危険な海に隣接した場所にイザという時に人が簡単に近付けない原発をつくった島国統治者の責任は重い。

                        

 


前妻と後妻

     “なぶる”という言葉からイメージするのは男が女を弄ぶケース。
漢字で書くと男女男で“嬲る”となり女性要素より男性要素の方が上回っています。
また女男女という漢字もあるのが日本語のスゴサで、“嫐”と書いて何と読むか?
答えは三角関係と言いたいところですが、正しくは先妻がいるにもかかわらず娶った後妻のことでコナミと呼ぶ前妻に対し後妻をウワナリ(嫐)と呼びました。先の『嬲』と比べ女性要素の方が上回っているのが後妻。 となると嬲る相手は前妻?


神武天皇になる以前のイワレビコが詠んだ久米歌に登場するのがコナミとウワナリで
久米部を率いて抵抗する敵と戦い勝利に至ったことを祝う宴会の席で久米舞とともに久米歌が披露されました。戦争の勝利に酔いしれる男たちの宴会の席で、何故に女性のコナミやウワナリを登場させたのか。                 

      
   
前妻(こなみ)が 肴乞はさば 立そばの実の無けくを 扱さしひゑね
   
後妻(うわなり)が 肴乞はさば いちさかき実の多けくを 許多ひゑね

 
前妻には酒の肴は何も与えず後妻には多くの酒の肴を与えようという内容で、突如前妻と後妻を比べて一体ナニユーテンネン! 戦意を鼓舞するのが久米歌の目的だったことを考えると、前妻と後妻がぶつかり合うことをイワレビコは望んでるんか!
先の久米歌の与え方からして嬲る状態が前妻、そして後妻に対してはまさにその反対の嫐。コナミの反対はオオナミではなく、変な読み方をするオンナオトコオンナのウワナリでした。


サンショウ

大和入り(敵地侵入)を目的に東征を開始したイワレビコ。 自らの軍の戦意を鼓舞するため詠んだのが“みつみつし久米の子らが”で始まる久米歌というもの。
その歌に登場する植物が韮(かみら)と椒(はじかみ)。どちらもニオウという点で共通しています。   
       みつみつし 久米の子らが 垣下に 植えし椒 口ひひく 
             吾は忘れじ 撃ちてし止まぬ

口がひりひりする苦い経験をしたのがイワレビコで、その苦いものを垣の下辺りに植えたのがみつみつし久米の子ら? 大和朝廷の親衛軍を久米部と呼ぶことから考えると、イワレビコを護衛すべき立場の久米の子らが敢えてトゲのある椒(サンショウ)を植えたことになるのですが・・ そのヒリヒリを体験することで戦意を高めることが目的なのか、あるいはその味方の行為に対して苛立っているのか。

 
しかし遮断することが目的の垣の下に植えたということなので、イワレビコと敵対していた大和軍がもしかして久米の子ら? 侵入者イワレビコと侵入される側の大和軍のリーダー長髄彦はどういう結びつきなのか。戦意を鼓舞するだけの単純な歌ではないように思います。何かが隠されているような久米歌(吾は忘れじ)に登場するのが韮と山椒で、過去を思い出すキッカケは鼻で嗅ぐニオイ。


    


鳥が落としていった糞の中に混じっていた種から成長した山椒が花を咲かせました。
          存在感抜群の葉の香りそして花の香り。

         葉も花も小粒なのに山椒のピリリは最強!

 

       山椒の 放つ香りで 思い出す 吾は忘れじ 三生の縁 


クサカ坂

 関西でデンボ(腫れ物)を治してくれる神が鎮座していることで有名なのが生駒山地の西麓にある“石切剣箭(つるぎや)神社”。この神社のすぐ北の方にある地域が“クサカ”という地名で、漢字で書くと“日下”あるいは“孔舎衙”となり、どちらもクサカとは読みにくい。記紀にもクサカ坂(日下坂・孔舎衙坂)という名で記されているこの地は石切剣箭神社の丁度背後にある坂。東征を敢行してきた神武軍の長男・五瀬命の致命傷が原因で進むべき道の変更を余儀なくされ、大和を目指していた東征軍は大和に通じるこのクサカ坂を越えることができませんでした。

      

日下をクサカと読むことは習慣化されていますが、素直な脳で考えると日をクサとは読めない。また日下という漢字を見て素直な読み方と思うヒゲとかヒカなんて読めばきっと馬鹿にされるはず。それほど日下はクサカという読み方で浸透しています。
またヒノモト(日の本)とも読める日下という地名が石切剣箭神社のすぐ北にあることから、日下をクサカと読ますようになった経緯の背後にはきっとクサイ話があったのでは・・

 
石切剣箭神社の祭神はニギハヤヒとその子・可美真手(うましまじ)命。ウマシマジの母親はニギハヤヒが殺害したナガスネヒコの妹・三炊屋媛(別名・長髄媛または鳥見屋媛)。神武天皇になる以前のイワレビコにいつまでも抵抗したナガスネビコ(妻の兄なのに)を殺し、イワレビコに従ったのがニギハヤヒというクサイ話。しかもイワレビコは東征を開始する以前からニヒハヤヒのことをよく知っていました。


天の磐船に乗り河内交野の地に落ちてきた神が大和の管理者であり、
“自分もその地に行ってみたい”というような言葉を東征の提案者だった塩土老翁に打ち明けています。遠く離れた日向で生活していた天孫グループは4代目にして初めて日本の中心にある大和を目指そうとした話から推察すると先祖代々伝えられてきた話だったのかも。イワレビコの曾祖父になるニニギノミコトはニギハヤヒの弟という説もあり、イワレビコがニギハヤヒのことを知っていてもおかしくはないのですが、時間軸が歪んでいるようにも思います。

                
イワレビコの曾祖父の代と同世代のニギハヤヒが現存していること自体がクサイ話ですが、読者が納得してもしなくても記紀物語はこんな風に展開していきます。
ニギハヤヒに一生懸命に尽くしたナガスネヒコは信じていた人物に殺されるし、先に大和を管理していたニギハヤヒは後からやって来た新参者イワレビコに仕えるという不自然で不快な話もクサイ。石切剣箭神社の背後にあるクサカ坂を越えることができなかったのが神武軍だったことを思い出すと、ニギハヤヒがそう簡単にイワレビコに従うというのも説得力に欠けるように思います。

 
しかし年齢的に考えても若くないニギハヤヒが甥の立場にあるようなイワレビコに大和の管理を譲ったと考えるとまあ納得。初めから出来過ぎているように感じられたイワレビコの東征を演出したのは先祖? 一番の悲劇的主人公は二人の天孫の間で右往左往させられ、挙句に信頼していた人物の手により殺された登美族ナガスネビコ。天孫グループを信じるとロクでもない結末を迎える可能性が・・

          
ところでデンボの神として霊験あらたかなニギハヤヒとその子が祀られているのは石切剣箭神社でした。瘤もデンボに含まれるとすれば、民話“瘤取り爺さん”で左右のバランスが悪かった瘤を取った鬼がデンボも治してくれそうな感じ。左右のどちらかに偏り過ぎると姿勢も悪くなり健康を害することもあるので、そういう点で鬼が爺に果たした役割は大きかったように思います。瘤に似た腫れ物の治癒に効果を発揮してくれるというニヒハヤヒの真の姿は鬼だった?

 
鬼のようなニギハヤヒ親子が鎮座する石切剣箭神社の背後にあるクサカ坂で新参者は方向を転換しました。鬼グループの可能性もあるニギハヤヒが統治していたのがイワレビコ以前の古代日本すなわち日下。その後、新参者として日下を統治することが決定付けられていたイワレビコに最後まで抵抗したナガスネビコの妹が物部氏(大和王権で軍事・警察・裁判を担当した一族)の祖となるニギハヤヒの子ウマシマジを誕生させます。クサイ話の中に紛れ込んでいるホントを自分で勝手に組み立てていくのが神話のオモシロサ!       


菟田の高城

              

45歳という若くない年齢で故郷日向を離れ国の中心にある大和盆地を目指したイワレビコはまるで方向が定まっていません。高千穂を下り海路で北上し瀬戸内航路を計画していたようですが、速吸門で東とは逆方向の西に舵を取り筑紫国(岡田宮)で一年も滞在しています。その後進路は目的の東に切り替わりますが、瀬戸内沿い(四国は見向きもしていない?)の安芸国で7年を過ごし吉備国でも8年という長い年月を過ごしています。若くないイワレビコはますます年齢を重ね壮年期から老年期に達していました。

4人兄弟の末っ子だったイワレビコは東征で三人の兄を失い、結果として一人生き残ったイワレビコが日本建国の祖となる神武天皇になります。環境的に考えても末っ子が皇位に就くのは現代の世では珍しいことで、イワレビコ単独の力量というより目に見えない何かに選ばれた人物がイワレビコ? しかし選ばれる限りは選ばれる理由があったはず。周囲を山で囲まれた大和盆地に近付けば近付くほど苦戦を強いられるのが神武軍。浪速国からの上陸は難しく、進路を南に切り替え紀伊半島を回り込むようなコースで熊野から上陸を果たします。その後も苦戦は続きますが、八咫烏の道案内で熊野から吉野を経て宇陀に・・

その宇陀にたどり着いた時に出会ったのが仲の悪い兄弟の“ウカシ(古事記では宇迦斯・日本書紀では猾)”。この兄弟は菟田県(うだのあがた)のリーダーでよそ者の侵入を拒んだのが兄宇迦斯(兄猾)。しかし弟宇迦斯(弟猾)は神武軍に抵抗しても無駄だと悟り、兄の反乱をイワレビコに密告するようなタイプでした。菟田地方を支配下に置こうとしていたイワレビコはこの地域のリーダーだった兄弟の食い違いを知ることになります。そして弟の裏切りでエウカシは自分が作った罠にはまって死に、そのエウカシの流れた血からこの辺りは菟田の血原と呼ばれるようになりました。

八咫烏が案内した吉野で大きな問題は発生していなかったけれど、菟田(宇陀)地方に入ってから問題発生! 渓谷が多い吉野に比べ宇陀地方は高原地帯。山あり谷ありが吉野なら、緩やかな丘陵地帯の宇陀は地形が全く異なっています。そんな高原地帯を管理していたリーダー兄弟の間に起こったのが醜い内部抗争。新たな統治者になるべくイワレビコはエウカシ自ら作った罠にエウカシを追い込みました。その原因となったのがオトウカシの垂れ込み情報で、エウカシはオトウカシに殺されたようなもの。このような状況でイワレビコが詠んだ歌は・・

 
宇陀の高城に 鴫罠張る 我が待つや 鴫は障(さや)らず いすくはし 鯨障る

“鴫を捕らえるつもり宇陀の高い場所に鴫罠を張ったけれど、その鴫罠にかかったのは鴫ではなく鯨だった”というような意味。イワレビコが求めていたのは飛翔力に優れた水鳥の“鴫”? しかし鴫罠にかかったのは海を生活圏とする哺乳類最大の生き物“鯨”。言いたいことは何なのか・・自分が作った罠に落ちて死んだエウカシを例えて表現したのがこの歌? あるいは鴫のような兄弟だと思っていたイワレビコは、自分に密告したオトウカシを鯨に例えて詠んだのか。余りにも違い過ぎる鴫と鯨ですが、イワレビコが欲しかったのは鯨ではなく鴫。

      
立てば淋し 立たねば淋し 沢の鴫      正岡子規

渡り鳥の一種“鴫”は夏鳥(南から日本に飛来し繁殖した後、秋に南に去る)でも冬鳥(北から日本に飛来し寒い冬を日本で過ごした後、北に去りそこで繁殖する)でもなく、鴫にとっての日本は通過地点で繁殖も越冬もしない旅鳥。繁殖地は主にツンドラのような極寒地域で越冬のために過ごす南方の地を往復する際に立ち寄るのが日本。ということは鴫の飛行距離はかなり長いということですね。

鴫の長距離飛行の骨休み地点として日本があるわけで、日本に滞在するのはわずかな時間。そんな鴫の生態を知って子規が表現した句を味わうと鴫が日本にいるわずかな時間を愛しんでいる気持ちが伝わってきます。日本で越冬もしないうえ繁殖もしない鴫を手に入れようとした場所が宇陀の高城。そして草原地帯に設置された鴫罠にかかったのが海の王者の鯨ってどういうこと? 鯨が塩を吹くようにその宇陀の高城から温泉でも湧いたんだろうか・・ナンテことを夢のように考えるひと時でした。 


東征の完結者

               

神武天皇という人物になるため故郷を離れたイワレビコは国の中心(大和)を目指し東征を開始します。紆余曲折のルートをたどりながらも何とか大和の地で神武天皇になれたのはイワレビコを陰で支え続けた人物がいたからでした。イワレビコの強敵となったのがナガスネビコで、長男イツセはナガスネビコが放った矢がもとで死んでしまいます。さらにイワレビコが進むべき方向を東から南にチェンジさせたのもナガスネビコ。イワレビコが神武天皇になるには大和盆地の西側(南北に連なる生駒山地)を支配下に置くナガスネビコを何が何でも倒す必要がありました。

強敵が出現するたびイワレビコは窮地に陥りますが、その度に彼を救うのが高天原の監視役だった天照大神と高木神。ナガスネビコの抵抗で浪速から迂回し、やっと上陸した熊野でも熊の出現でたちまち正気を失ってしまったのが日本の西から来た新参者。イワレビコに仕える家臣もすべて倒れ伏す状態で出現したのが一振りのタチ(横刀)を持参した高倉下。高倉下曰く、“夢の中でこのタチをあなたに献上するように言われたのでココに参った”。高倉下の夢に出現したのが先に紹介した天照大神と高木神。高倉下の夢をコントロールしたうえ、現実に高倉下の倉の屋根に穴を開けタチを落としています。(スゴイッ!)

初めから“勝負あり!”の環境でスタートするイワレビコの上陸後の方向を定めたのが現実には存在しない三本足の八咫烏。この奇妙なカラスを遣わせたのも天照大神で、八咫烏の故郷は高天原? 三種の神器に採用されている“鏡”の名前も“烏”と同じ八咫でした。ヤタガラスの道案内で熊野から吉野そして宇陀方面に歩を進めた彼らを待っていたのはエウカシとオトウカシのウカシ兄弟。弟が兄を裏切る形でイワレビコに従ったオトウカシですが、気分がいい話ではない。

日向を出発した一行が立ち寄った豊国の宇佐(沙)では仲のいい兄(宇沙都比古)と妹(宇沙都比売)に歓待されましたが、男同士の兄弟(名前の前が違う)は仲が悪い? また考え方の一つとして大和(核心)に近付けば近付くほど反発が生じる人の心が表現されているようにも感じます。この兄弟に接した後にイワレビコが詠んだ歌の中にこんな言葉がありました。『ええ しやごしや ああ しやごしや』 “しやごしや”というのは腰ぬけどもというような意味でイワレビコの目に映ったのは腰ぬけ兄弟の二人だったのかも。

ヤタガラスが導く方向は熊野を北上した宇陀から畝傍(橿原)に入る計画だったよう。その直前にもエシキとオトシキというシキ兄弟と対立し、兄は討たれ弟は従うという先の話と似たような話が繰り返されています。そして大和入りを果たすためどうしても倒さなければいけなったのがナガスネヒコ。その最後の難関を突破できるかどうかのタイミングで出現したのが金色の鳶。その鳶はイワレビコ所有の天羽羽弓にとまり、その光に目が眩んでナガスネビコは戦意を失ってしまいます。この金色の鳶の出現を演出したのも高天原で監視を続けていたあの二人? 

ナガスネビコが信じていたのは天孫ニニギノミコトの兄に位置づけられていたニギハヤヒ。イワレビコはニニギノミコトから数えて4代目のひ孫になる人物。ニギハヤヒが長寿ならナガスネヒコもかなり長寿! イワレビコに対するナガスネビコの抵抗はなおも続き、結果的に自分が信じていたニギハヤヒに殺される羽目に・・陽数のように割り切れない話が続く記紀物語ですが、八咫烏や金色の鳶を出現させ無理やり割り切れる話にしてしまうのは誰? 裏切りが絶えない人間社会で割り切れない感情のまま殺されたナガスネヒコの心は清い! そこで割り切るための手段として考えなければいけないことは清さを捨てる。


久米の子ら

           

“みつみつし 久米の子らが”に始まり“撃ちてしやまむ”で終わる歌を詠んだのは神武天皇になる以前のイワレビコ。同じ口調で詠まれた歌に登場していた植物はどちらもニオイが強烈な“韮(古称カミラ)”と“山椒(ハジカミ)”。イワレビコが念願の大和入りを達成するため難波から上陸しようとした時にその上陸を許さなかったのが登美のナガスネヒコ(生駒山辺りが根拠地)。そのナガスネヒコが放った矢で手に傷を負ったのが長男イツセ(五瀬)。日向を出発した神武一行は東征という言葉通り東の方に向いて舵を取っていましたが、イツセの手傷が原因で進路は南に切り替わっています。

紀伊半島を西から東に回り込むような方向で熊野から上陸を果たした彼らの苦戦はなおも続き、その土地の荒ぶる神が大熊の姿で出現し熊野に上陸した神武たちはことごとく毒気に当たってダウン。そんな彼らの様子を天から窺っていたのが天照大神と高木神。これ以上侵入すると危険が生じるので天から遣わす八咫烏に従って進むよう神武軍に指示を出したのが高天原の管理者。先のナガスネヒコや荒ぶる大熊は高天原族に対峙する立場にあるようで、大和を目指す彼らにとってはなかなか手ごわい相手。そう簡単には近付けないのが日本の中心に位置していた大和で、その危険な大和に侵入できる八咫烏は抜け道を知っていた?

先導役の八咫烏に従い熊野から吉野そして宇陀に侵入したイワレビコは、そこでエ(兄)ウカシとオト(弟)ウカシの兄弟に遭遇しています。イワレビコの支配を受け容れたのが吉野在住の“贄持子(阿陀の鵜飼の祖)”と“井氷鹿(尾のある人)”さらに“石押分子”。しかし吉野から北上した宇陀で出会ったのはナガスネヒコのように反逆するエウカシ。兄の反逆をイワレビコに密告したのがオトウカシで、この兄弟は仲が悪い! 弟が兄を裏切る(弟が新たな支配者に兄を売る?)形でエウカシは自分が仕掛けた罠にはまって死んでしまいますが、弟は兄の死後に宴を開催し兄を死に追いやった異国の支配者をもてなす始末。そして要注意人物はオトウカシであることを察知していたのはイワレビコ。

宇陀を出発した神武一行が次に向かった先は宇陀から南西方向に位置する忍坂の大室。この地を陣取っていたのが“土雲(蜘蛛)”という尾のある人たちで、別名ヤソタケル(多くの猛々しい男たちという意味)軍団。我らに手向かう奴らはすべてやっつけてしまうぞ!という戦意を高め気分を鼓舞する歌を詠んだのがイワレビコ。
高揚気分にさせる歌が周囲に与える影響は大きく、神武軍はヤソタケル軍を見事に撃ち滅ぼしてしまいます。そしてついに再び向き合うことになるのがイツセを死に追いやり進むべき方向を変えさせたナガスネヒコ。この最後の砦のような場面でイワレビコが詠んだ歌の中に登場していたのが韮と山椒。

    
みつみつし 久米の子らが 粟生には 臭韮一茎(かみらひともと)
          
そねが茎 そね芽繋ぎて 撃ちてしやまむ

      
みつみつし 久米の子らが 垣下に 植えし山椒(はじかみ)
          
口ひひく 吾は忘れじ 撃ちてしやまむ

ナガスネヒコを臭韮一茎や山椒に例えこのような歌で自らを鼓舞させようとしたイワレビコ。臭いニラや独特の香りを放つ棘のある山椒は苦手だったのが神武天皇?
“久米歌(くめうた)”と称されるこれらの歌で強敵だったナガスネヒコもイワレビコに屈します。久米部が久米舞で歌うのが戦意を高める久米歌。久米歌効果で自分に手向かう敵をやっつけたイワレビコは最終地点となる畝傍の橿原に宮を設置し神武天皇になりました。イワレビコが天下を取ることは絶対!という筋書きで主人公イワレビコの窮地を救うのが久米歌。臭くて棘のある奴らは久米の子らに従うしか生きる道はない?


calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM