レプラホーン

      赤いとんがり帽子をかぶった靴職人レプラホーン (アイルランドの妖精) は
                    片方の靴しか作らない。
                   片方の靴では用を足さない。
                    何のための靴職人なのか。
       
     一度履いてしまえば死ぬまで踊り続けなければいけない状況に追い込まれる
             『赤い靴 (アンデルセン) 』 というのがありました。
      踊らすことより踊らさないことに重きをおいているのが小さなレプラホーン?
                    さらに財宝通でもあるらしい。
                大人になると秘密の基地遊びはしなくなるネ。
                 

I had a little hen

        雌鶏 (hen) は雄鶏 (cock) と交尾しなくても卵(無精卵)を産めます。
                
              I had a little hen, the prettiest ever seen,
          She washed me the dishes, and kept the house clean;
              She went to the mill to fetch me some flour,
              She brought it home in less than an hour;
            She baked me my bread, she brewed me my ale,
             She sat by the fire and told many a fine tale. 
                    (韻を踏むマザーグース)

       私が飼っている小さな雌鶏は皿を洗ってくれるし部屋も掃除してくれる。
        小麦(hen自身が育てた?)を小麦粉にするため製粉場まで足を運び、
          その小麦でパンを焼いてくれるしビールの醸造もしてくれる。
              さらには暖炉のそばで話をして和ませてくれる。

                     飼い主は何もしない?
             ヘン (hen) の変が起こるのは時間の問題だ!
            雄鶏がいなくても単独で卵を産めるヘンなんだから。


月はグリーンチーズでできている

     この言葉を真に受け月に行ったのがチーズをこよなく愛する発明家ウォレス。
     相棒グルミット(吠えない犬)と暮らす彼はどういうわけか髪の毛がない。
                余りの賢さで毛が抜け落ちた?
     グリーンチーズとは青臭さが残るフレッシュチーズ(熟成させない)のこと。
            そういえばチーズに目がなかったウォレスも青い。

         

            日本にも蘇(そ)という古代チーズの記録があり、
     蘇る月(目には見えない新月)として考えると月はチーズでできているのかも。
          人が信じないことを信じてしまうウォレスは神の気がない。      


コマドリの死因

      殺されたのは英国の国鳥であるヨーロッパコマドリ(♂)。  

           殺したのはスズメで見たのはハエ。
以下コマドリ(cock robin)の葬式の状況をダラダラ語り続けるのがマザーグース。

          しかし何故殺されたのかは分からない。


                


赤い胸のコマドリ(雌雄同色)には別名があり、
その赤い胸からかつて呼ばれていた名前はレッドブレスト(redbreast)。赤い胸が象徴的なコマドリは何故殺されなければいけなかったのか? その手がかりとなったのがイエス・キリストの磔刑に絡むコマドリの話。伝説ではイエス・キリストの痛みを少しでも和らげるために歌い続けたので喉が赤くなったとか、茨の冠のトゲを抜き取る際、キリストの血がかかって胸が赤くなったとか・・ 救世主の血を受け継いでいるのがコマドリ?

ところでマザーグースに登場するコマドリは雄でした。
このコマドリ(スズメ目ヒタキ科)の雄はミソサザイ(スズメ目ミソサザイ科)の雌と結婚したらしい。目は同じでも属する科が違うコマドリとミソサザイの結婚は厳禁。国鳥となるべき運命を背負ったコマドリは殺されなければならず、その後に求められたのがイエス・キリストと同じ死と再生?


静寂の音

   カーペンターズの♪見つめ合う恋♪の原題は『There is a kind of hush』。  
        
直訳すると“一種(a kind of)の静けさ(hush)”。
  
愛する二人の間に静寂が訪れると言葉はいらない・・だから見つめ合う恋?
ジャズのスタンダード曲の中にもハッシャ・バイ(ユダヤの子守唄)というのがあり
          
さらにマザーグースにもこんな子守唄が・・

    
           
Hush a bye baby, on the treetop
         When the wind blows the cradle will rock.
         When the bow breaks, the cradle will fall.
         And down will come baby, cradle and all.

           

  Hush a bye babyは日本の子守唄などで使う“ねんねんころり、おころりよ”
   みたいなもので、
木のテッペンにゆりかごを吊るされたのが赤ちゃん。
        
風が吹けば揺りかご(cradle)は揺れ(rock)、
    
木の枝が弓のように(bow)曲がってしまえば揺りかごは落ちる。
        
そうなると揺りかごの中の赤ちゃんは地面に落ち、
       
揺りかごもその中に入っていたすべてのものが落ちる。

 
      
マザーグースはロンドン橋をはじめとして落ちるものが多い。
     
安らぎの子守唄というより危険いっぱいの子守唄という感じで、
 
幼い頃からママは赤ん坊に落ちてしまう危険性があることを伝えたかった歌かな。
    
赤ちゃんが成長し静寂の見つめ合う恋に至るまでには遠い道のりが・・
       
でも静寂(hush)の音が聞こえれば落ちることはない。


アリとキリギリス

                    

   アリは将来(冬)のためセッセセッセと食べ物を運び続ける毎日を送っていました。
    キリギリスは将来のことを考えずに毎日歌をうたって遊んで暮らしていました。
    
冬を迎えたある日 キリギリスはアリの家に行って食べ物を分けてくれるように頼みました。
        しかしキリギリスが夏じゅう遊んでいたのを知っていたアリは、
     キリギリスに食べ物を与えるようなことはせずにさらにヒトコト言いました。
         「夏に歌って過ごしたのなら 冬は踊って過ごしたら・・」

              イソップ寓話に込められた一般的教訓は
         先のことを考えて働かないとイザという時困るというものでした。
          あなたはどちらのタイプ?などという話がよく聞かれますが、
                 それ以前に この話キライです!

                      

皮肉っぽいアリは、毎日働き続けてイザという時もよく分からないまま死ぬ可能性は十分あります。 歌って遊んでいたキリギリスが餓死で死ぬことは当然なのでしょう。 このような社会はアリとキリギリスではなく人と人。

どちらのタイプがどうのこうのではなく、遊ぶことを否定的に考えることは寂しいと思います。 遊んでしかもお金があれば一番いいので、タナボタを祈って人生を送るというのはどう? 
それでどうにもならなければ、死ぬだけ! 働き続けて遊ばずに死ぬよりイイカナというのが個人的な答え。

オオカミの目

         

         猫はネコ目ネコ科の哺乳類、犬はネコ目イヌ科の哺乳類。
         オオカミもネコ目イヌ科の哺乳類で犬とほとんど同じです。
飼われるのが犬で、野生の犬をオオカミと呼んでいるように感じます。 広辞苑には、犬の原種と考えられ体形はシェパードに似ると記述されていました。 シェパードは警察犬として活躍する賢い犬ですね。 猫のような目で見る野生の犬がオオカミに近いように思います。
     
オオカミ少年とは嘘をつく子供という風に考えられていますが、先のオオカミの特性を当てはめると目は暗闇でも見える猫の目を持った子供かもしれません。 またイヌ科のオオカミ少年は、何かに忠実な姿勢だった可能性があります。

イソップ寓話にもオオカミ少年と同じ話があって、「オオカミが出たァ〜!」と嘘を言って村人を何度も驚かせていました。 何度も嘘をついた少年は、村人たちに愛想を尽かされ 実際にオオカミが出た時にはその言葉を信じてもらえず、自分が飼っていた羊を全部オオカミに食べられたという話でした。 嘘ばかりついているとイザという時に人に信じてもらえないというオモシロクナイ教訓話。
                    ココで一つ目の疑問!
 たとえ騙されたとしても最後まで子供の言うことを聞いてあげる大人はいなかったのか?
          子供が言うタワイナイ嘘に振り回されたくなかったのが大人?
              大きい人と書く大人はそれほど大きくない。

    二つ目の疑問は、オオカミが好んで食べるものは鹿や猪そして野生の山羊。
   オオカミが食べたことになっている羊は少年に飼い馴らされている羊だったので、
       果たして実際にオオカミが食べたのかどうか疑問が残ります。
       
      最後に少年が見たオオカミというのは通常見ることができない大神?
         大神なら飼われていた羊を丸呑みするぐらいは簡単なこと。
オオカミ少年は、暗闇の中でも見える目を持っていた可能性があるので 暗闇という暗黒の世界でオオカミ少年が実際に見たものの正体は もしかしてピエロという名の道化師。

            

  進もうとする道を化かすことができる道化師の目は、オオカミの目に似た十字型の目。
  自分の顔を表に出さず派手なファッションで巧みに玉乗りをこなすピエロの真実は・・

オオカミと赤ずきん

              

       ペロー童話集に収められている “小さな赤ずきんちゃん” は、
    オオカミに騙され揚句の果てに いとも簡単に食べられその幼い命を落としました。
      その原因と考えられるのは、変だ!と感じていたのに騒がずにいたこと。
 大声を出して騒いでいれば、狼も少しは自分の行動にブレーキをかけたかもしれません。
         狼の言いなりになってしまった赤ずきんちゃんは死にました。

      イラストを観察すると、灰色のオオカミがいるのは安全な緑色の場所。
       赤ずきんちゃんは靴も履かずに赤いソックスをはいているだけ・・

                  

    赤ずきんちゃんがオオカミに殺されないようにする方法として考えられることは
           自分を隠そうとする目立つ赤頭巾をかぶらないこと。
    そしてオオカミは赤ずきんちゃんをハグことに興味を示しているように思います。
          英語でハグ(hug)と発音する言葉の意味は抱き締める。
       狼は赤ずきんちゃんが着ているものを剥いで抱き締めたかったのかも・・

              オオカミに襲われないようにする対策法は、
              ハグものがない状態にしておくと剥げない!
               初めからハグものがないヌード姿なら、
         オオカミの仕事が失われてしまってオオカミの出番はありません。
                狼の欲情をそそる赤(頭巾)を脱ぐと
        赤ずきんちゃんと呼ばれていた女の子の名前がハッキリ見えてきます。

ウサギとカメ

イソップ物語で知られている “イソップ(Æsop)” は、気が遠くなるぐらい昔(紀元前6世紀頃)の人で 古代ギリシアに生まれた寓話作家です。 ギリシア語本来の名前は “アイソーポス” ・・ 英語読みをされてイソップという名で世界に知られるようになりました。 日本で知らない人はいない 『ウサギとカメ』 の寓話も、イソップという人物によるものです。

イソップがどんな人物だったのかは詳しい資料が残っていないので分かりませんが、奴隷の身分で最後は無実の罪をかぶせられ死刑になったと言われています。 しかしこのイソップに関する話も確かなものではなく、ハッキリしていることはイソップが創った話は 何千年もの時を超えて世界中の人々に読まれ語り継がれてきたということ。

                  

イソップ寓話の一つ 『ウサギとカメ』 について考えてみたいと思います。 寓話というのは動物などを擬人化して、教訓や風刺を込めるたとえ話のことです。 だから寓話を深く理解するには、登場している動物のことを詳しく分析する必要があります。

ウサギとカメが駆けっこをして、どちらが勝つか競争して勝ったのはカメだったという話。 普通なら競争しなくても勝負は決まっているはずなのに、ウサギとカメはカケクラベをしました。 この競争には審判者がいました。 化かし上手なキツネです。 ウサギは相手がノロマな亀だったので、油断して寝てしまったことが原因で ウサギは亀に負けたことになっています。

                       

この話から導き出された教訓は、才能があること(?)に過信して努力を怠ればコツコツ努力する人に負けてしまうというものでした。 しかし違った視点でこの話を考えると、ノロマな亀を相手に競争することがつまらなくなったウサギは寝てしまった・・ 亀に勝ったところで当然だし スゴイことでも何でもない! ウサギは道の途中で遊び疲れて寝てしまった・・ 勝つことにも興味がなくウサギは遊びたかっただけ。

しかし亀はいつも家(甲羅)を背負っているので負けるわけにはいかなかった。 何としても勝ちたかった亀は、審判者のキツネにウサギを眠らせてもらうための掛金を払って この勝負に勝った。 つまらん勝負に愛想を尽かしたウサギは、跳ねることが好きだったので 跳ねて月に行き餅をついて暮らした。
                    
では勝負嫌いのウサギが真剣に勝負に挑めばどうなるのか? カメは化かしてくれるキツネに支払うお金を稼ぐために、一日たりとも休めない。 休むことなく歩み続けたおもしろくないカメを相手にせず、兎に角ウサギは眠り続け 気がつけばウサギの長い耳は角のようになっていた。 兎に角 ウサギは競争より眠ることを優先させた自己優先タイプ!
 
イソップが提示した話は、いろいろな発想で考えることができます。 枠にはまった与えられた教訓だけではなく、自分で自由な発想を描いてみるのも楽しいと思います。

カラバ公爵のルーツ

                  

“カラバ公爵” というのは、長靴をはいた猫が勝手に言い出した名前です。 もとは貧しい粉挽き屋の三人兄弟の末っ子のことで、死んだ父親の遺産分与の一つだったのが飼っていた猫。 長男は粉挽き小屋を譲り受け父親の後を継ぐことに・・ 次男は飼っていたロバをもらって、兄に協力することを選択しました。 そして三番目の末っ子がもらい受けたのが猫一匹。

しかしこの猫・・ ただ鼠を捕るだけの能力ではなくウソをついて周りを信じ込ませる能力に長けていました。 そんな猫の言う通りにして三男は、大きな袋と長靴一足を与えます。 
人参を入れた袋にウサギを誘いこみ、捕まえたウサギをその国の王に献上して王を喜ばす術も知っていました。 そして国の王がウサギ好きだったことをスパイのように嗅ぎまわっていた様子も伺えます。
                 

猫が自分の主人に用意させた二つのモノのうち一つは、ウサギを入れるための大きな袋だったことが判明。 しかし長靴を履こうとした猫の目的は何なのか?  フランスのペローが創作した “長靴をはいた猫” の物語では、長靴を履くことで通常四本足だった猫が立ち上がったとされています。 長靴をはいた猫は立ち上がった? もし長靴をはいていなければ、その猫は立ち上がれず以前の四つん這いのままだったということでしょうね。

長靴はスネのところまで足を包むようになっているので、第一に考えられるのは脛を “子” にかじられないようにしたかった。 また長靴を履くときは雨の日が多いことから想像すると、足を水に濡らしたくない傾向が感じられます。 ぬかるんだ泥道を歩くときも長靴が重宝するので、猫はドロドロになって這い回ることがキライでウソが好き! この他 乗馬やスキーをする時にも足(向う脛)を守る長い靴は欠かせません。

その後 芝居じみた策略でカラバ公爵の存在性を確かなものにしていきます。 粉挽き屋の三男は、気がつけばカラバ公爵という貴族に仕立て上げられていました。 もちろん仕立て役は長靴をはいた猫。 カラバ公爵というオリジナルネームを考え付いたのも長靴をはいた猫で、何から何までこの猫の思いつきでカラバ公爵は誕生します。

                        

表現を変えると、降って湧いたような話からカラバ公爵は生まれました。 ウソが現実化していく背景には、このように口から出まかせのズルイ話が隠されていました。 ズルイことは一般的に悪い言葉として使われますが、子にズルズルとスネをかじられないように防御した猫はやはり賢い。
      
フランスの作家ペローが創作した “長靴をはいた猫” の物語の最後は、貧しかった家に生まれた三男は 猫のおかげでその国の王様の娘と結婚するまでに出世します。 長靴をはいた猫は、主人を夢のような世界に連れていくことに成功しました。 その根本は、猫の言う通りにしてあげたことが成功のカギだったように思います。 カラバ公爵のルーツは、貧しい粉挽き屋の三男を仕立て上げた長靴をはいた猫が考えた物語だった! 世の中の現実も
こうしたウソ(話)で構成されていくのかもしれないですね。

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