監視の目

   

楽園を思わせる長閑な自然の中で戯れていた痕跡を感じさせる彼らは、神に追放されたアダムとイヴではありません。 一糸まとわず生まれてきた赤ん坊のような気分でエッチしていたのはゼウスとイオ。 何らかの音か風の気配を察知したゼウスとイオは、驚いた様子で斜め上方(北東)を見上げているように感じます。 彼らの目の先にあるのが、モヤモヤした煙のように流れる雲。  雲の中には何やら人影が・・  
ランベルト・サストリスが描いた『 Landscape with Jupiter and Io 』 というタイトルのこの絵のランドスケープはまさに浮気現場!
         
浮気性のゼウスを旦那にしてしまったヘラは、百の眼を持つアルゴスという番人を抱えていました。 ゼウスの浮気を許さず確実に復讐を企てることをモットーにしていたヘラ。 スパイ役のアルゴスからの報告を受け雲に乗って颯爽と登場したヘラが見たものは旦那とイオの密事?  白昼堂々の屋外で密事を働くこともなかろうにと思うのですが、人間とは違う考え方をするのが神々? すべてをさらけ出し、周囲の反応を知ろうとする変な性癖を持つのが神々の基本? オオッピラな性格ゆえにトラブルも多く、夫婦の対立も半端ではありません。
     
イオを挟んで半端では済まない三角関係に陥ったゼウスとヘラ。 “イオ(Io)” の親は河神で、本来の姿は人間だったと伝わっています。 初めはゼウスに愛され、妻の目をごまかすために牝牛に変身させられたのがイオ。 その後 ヘラはゼウスから牝牛のイオを譲り受け、アルゴスを見張り役に立てイオを監視しています。

ヘラにとってのイオは、単に旦那の浮気相手という風には考えていないような感じ。 かつてイオはヘラに仕える女神官という立場にあった女性で、ヘラとイオの結びつきは深そう。 
そしてイオの見張りを務めたという魔神アルゴスと同じ名前を持つのが、イオの父親アルゴス。 ゼウスがイオに手をつける現場を押さえようとしていたのはヘラではなく、もしかして父親のアルゴス?  ゼウスとヘラに挟まれたイオというより、監視する父親アルゴスとヘラが抱えていた番人アルゴスに挟まれていたのがイオだったのかもね。 監視の目から常に逃れることができなかったイオの心情を一言で表すと “モーイーヨオー!”

仮面を剥げ!

実体がないので手で触れて確認することができないのが “愛” と呼ばれているものの正体。 自分で愛だと信じてその愛の対象者に接しても、相手にとって迷惑に思われる場合も無きにしも非ず!  他人なら尚更のこと・・ 家族同士でも親が愛情だと思って子供に接する感情も時に子供には負担になることも少なくありません。 ペットのように可愛がったり世話を焼くことが愛であるはずもなく、子供に期待を寄せる親のエゴなどは愛と対極に位置する感覚だと思います。

    

多くのものが画面いっぱいに配置されている有名なこの絵のタイトルは 『愛のアレゴリー(寓意)』。 寓意(表現されたものを読み取る)というのは観る人によってサマザマなので、絶対コレ!と定義付けすることはできません。 しかし絵を観た人が何を感じるかで自分が愛をどのように捉えているかの判断にはなると思います。 作者は16世紀のイタリアで活躍した通称 “ブロンズィーノ” で本名はアーニョロ・トーリ。 何となくブロンズをイメージして名付けたような名前です。

エスマルがこの絵から受けた印象は、心地よさではなく不気味さ。 愛は心地いいものではなく不気味なものなのか。 一番不気味なのはヴィーナスの背後で首が浮いたようになっている女の子。 よく観察すると左右の手首がサカサマで下半身がどうなっているのか分からない。 キューピッドの背後にいる人物も頭を抱えてわめいている風で、観た感じは悪い。 ブルーの布でヴィーナスとキューピッドを覆うようにしている白髭のおじさんが時の神で右肩に置いているのが砂時計。 そして時の神の反対側(左上)にいるのが仮面をかぶった真理で、時の神が睨みをきかせているように感じます。

棘がある茎の部分が切り取られたバラの花をヴィーナスとキューピッドに投げつけようとしている悪戯坊主の頬は真っ赤っか!  それほど悪気もなさそうでキューピッドの幼少期のようにも感じます。 さて問題の白い肌が印象的なヴィーナスとキューピッドは一般的に親子という間柄で要するに禁断の愛?  たまたま母と息子を象徴させていますが、世間で言う禁じられた関係の男と女が求めた愛?  肌の白さからすると死の香りを伝える禁断の愛は、二人が脱ぎ捨てた仮面で成就されたのかも。 キューピッドの弓矢を右手で取り上げ左手にはトラブルの象徴と考えられる黄金のリンゴが・・

仮面をつけた真理を寄せ付けないようにしているのが時の神。 時の神の応援で禁じられた愛が成就したという風に理解したいのがエスマル。 世間の枠を超えて禁じられていた愛が成就できる時は、時の神が背後で守ってくれている?  実際のところはよく分かりませんが、“愛の勝利” というタイトルも持つこの絵から受ける単純な印象は、愛を手に入れたければ “仮面を剥げ!” という言葉かな。 自分で自分の仮面を剥いだ者だけが愛の勝利を実感できる?

見ると石になる

蛇の髪の毛を持つ怪物のイメージが強い “メドゥーサ” は、生まれた時から髪の毛が蛇だったのではありません。 ゼウスの兄ポセイドンにも愛された美しい娘がメドゥーサ。 そんな彼女を怪物に変容させたのが “アテナ” で、原因は自分の住まい(アテナの神殿)でポセイドンとメドゥーサが交わったことによるジェラシーのような・・ するとアテナはポセイドンのことが好きだった? あるいは同性のメドゥーサを愛してた?  過ぎたる愛情の怖さが表面化したアテナの呪いは、ポセイドンではなくメドゥーサに向けられることに・・

              

ブロンズ(青銅)像の青年が左手に高らかに掲げているのが斬り取られた “メドゥーサの首”。 斬ったのはペルセウス・・ しかし斬るように仕向けたのは彼の夢枕に立ったアテナ。 斬ったペルセウスと斬られたメドゥーサの髪型が非常に似ている 『ペルセウス像』 の作者は、イタリアの彫刻家チェッリーニ。

アテナはペルセウス(ゼウスとダナエの子)に蛇髪のメドゥーサが西の果てに棲んでいることを告げ、見た者をすべて石に変えてしまう恐怖の怪物を退治するよう彼をリードしていったのがアテナ。 アテナは彼に鏡のような青銅の楯と首を斬るための剣、そしてどんな場所へも飛んで行ける羽根が付いた靴を貸し与えました。 その後 自分の姿が見えなくなるという冥界王の帽子も身に付けて完全武装で蛇髪の女に臨みます。

メドゥーサを直視すると石になって固まってしまう危険性があったので、ペルセウスは彼女の姿を青銅の楯に映し見てメドゥーサの首を刎ねることに成功!  ペルセウスが手に入れた蛇髪女の首を受け取ったのは後ろで操っていたアテナ。 アテナは自分の防具にそのメドゥーサの首をはめ込んだという風に伝えられています。

アテナのこの防具(鍛冶神ヘファイストスの手で作られたもの)は、山羊皮素材で “アイギス(英語でイージス)” と呼ばれています。 アテナの身を守る山羊皮のアイギスにメドゥーサの首がはめ込まれたという事実から無理して導き出せる答えは、アテナのアイギスを目にしたものは全員石になる!  アイギスというものがよく分かりませんが、石になりたい人だけアテナのアイギスを探して石になりましょう。        

夢の中へ

    

赤いドレスを着用した女性の上半身だけを脱がしたまま、彼女の膝に顔をうずめて眠ってしまった不謹慎な男の名前は “サムソン”。 余程キツイ酒だったのか酒を飲み眠ってしまったサムソンは、彼女の下半身を確認しないまま夢の中へ・・ サムソンを夢の中に追いやり彼の膝枕になってあげているのが “デリラ” という女性。 二人の出身は互いにカナンの地を獲得しようとしていた敵国同士で、サムソンが眠りこけてしまう原因はデリラ一人の意志ではなく敵国(デリラの国)の陰謀によるもの。

サムソンは旧約聖書に記されていた士師(しし)のうちの一人で、イスラエル領土を他国から守るため神が特殊なチカラを授けたリーダーでもありました。 1000人の敵に立ち向かう時もロバ(羊とも)の顎骨(?)だけで打ち負かし、ライオンに対峙した時も素手でやっつけてしまうという不思議な魔力を持った英雄として描かれています。 この話から感じるのはサムソンの武器は、先が尖った剣ではなく神が授けた怪力?

イスラエル侵入を企てていたペリシテ人(デリラが属する民族で西のエーゲ海から侵入しようとしていた)が、武器なしで相手をやっつけるソムソンの怪力の秘密を探るためスパイ役で送り込んだのがデリラ。 ペリシテ人の中でも最高に美しかったデリラは、サムソンの秘密を探るため彼の懐に飛び込みました。そして判明した彼の不思議な魔力の原因・・それは生まれてから今日まで一度も切ったことがなかった髪の毛。 彼の髪の毛が伸びるペースはかなり遅いようで、一年に数ミリ程度しか伸びない髪の毛だったことがこの絵から想像されます。

髪の毛が伸びないので必然的に髪を切る必要がない状況を考えると、赤ん坊の髪質を維持したまま成長したのがサムソン?  大人の思考を持たないまま敵を相手に戦い続けたサムソンは、今まで切ったことがない髪の毛(神の気)で負けなかったのだろうと思います。 
しかし赤ん坊のままだった髪の毛が起因していたのか、サムソンは女好きでした。 ママのオッパイを欲しがる赤ん坊のようにママ(デリラ)の膝に垂れ下がっているサムソン。 スパイ役に指名されたデリラの表情は、我が子サムソンを愛しい眼差しで見つめているようにも感じるのですが・・
       
上の 『サムソンとデリラ』 という絵を描いたのはフランドル出身の画家 “ルーベンス”。 場面はペリシテ人の誰かがサムソンの髪の毛を切っているトコロ。 髪の毛を切られたサムソンは、その後ペリシテ人の手によって目をえぐられ足枷をはめられ過酷な労働につかされたといいます。 そんな辛い現実に向き合う直前のサムソンは、デリラの膝を枕に夢の中でデリラの下半身を確認中?

あい変わらず

     

この絵の題名は 『ヴィーナスとオルガン奏者とキューピッド』。 題名通り三人が屋内でくつろいでいる柔らかい雰囲気が伝わってきます。 大きな窓から見える林の間の小道は、向こうに見えるオレンジ色に輝く空に包まれた遥か彼方に見える山に真っ直ぐ続いています。 彼ら三人が目指す場所は、きっとあの緩やかな斜面を持つ山。 その功労者は何といってもヴィーナス親子を気遣っているパイプオルガンを演奏している男性。

キチンとした身だしなみで音楽を奏でることができる男性の本来の仕事は羊飼い?  現実の味気ない人生に味付けしたのが、パイプオルガンによる彼の演奏。 甘くて優しいハーモニーを演出したい彼の味付け対象になったのは、彼が愛した女性と二人の間に生まれた子。 名前はヴィーナスとキューピッド・・ 彼が名付けた名前です。 こんなイメージを感じさせてくれる穏やかそうな男性が、この絵のキー!

ヴィーナスとキューピッドは名前が明かされているので母と子の親子関係にあることが分かります。 キューピッドはママのそばにピッタリくっ付いて離れようとはしません。 息子をたしなめる母の目のような感じもするけれど、妙にネットリした二人の関係は危険!  この絵に描かれている男性はオルガン奏者という職種は分かっていても名前が明らかにされていません。 もしかしてキューピッドが成長した姿かも。 自分を産んでくれたママを裸にするため、キューピッドは音楽家になった?

結構 目立つこの絵を描いたのはイタリア人画家 “ティツィアーノ”。 彼の先輩(10歳年上)にジョルジョーネがいて、ジョルジョーネの影響を強く受けて自分の画風を確立しました。 先輩同様に裸の女性を多く描いたのがティツィアーノ。 上の絵はスペインの首都マドリード(国のほぼ真ん中にある)にあるプラド美術館が所蔵している絵。 下の絵もプラド美術館にあり、作者は同じティツィアーノで題名は 『音楽にくつろぐヴィーナス』。

    

音楽好きのヴィーナスのそばには、我が子に代わってジャレ犬が・・ 先の絵より時を経たような二人は相変わらずのポーズで、オルガン奏者の目線はヴィーナスに・・ そしてヴィーナスの目線は犬に注がれています。 時間とともに変化していくことが多い男女(夫婦)関係で “相(愛)変わらず” を続けることができたその原因は、彼が奏で続けたパイプオルガンの荘厳な音色。 オルガン奏者はヴィーナスが自分を見つめ返してくれることより、彼女を楽しませる音色を奏でたかった?  ヴィーナスを音楽で酔わせヌードにした彼のホントの目的は、ヴィーナスを演出することだったのでは・・ ナンテね!     

正妻を相手に ・ ・ ・

夫ゼウスの女好きに悩まされ続け嫉妬深さも半端ではない女性が “ヘラ”。  女神であろうが人間の女であろうが他人の妻であろうが見境なしに手をつけて交わりを求めた結果、ゼウスが見初めた女性の妊娠確率は100%と言っても過言ではない状況が展開されているのがギリシア神話。 嫉妬深さばかりが目立つ女性として表現されることが多い話の中で、血がつながった弟でもあったゼウスを一筋に愛し続けた女性でもありました。 夫の愛を常に自分に向かせるようヘラは毎年カナトスの泉に行って沐浴し、美しさと若さに磨きをかけていたという話も伝わっています。

      

この絵(アンニーバレ・カラッチ作)の中の二人が純潔を取り戻すというカナトスの泉で磨きに磨いたヘラと、その美しいマイ・ダーリンに見とれているゼウス。 外見上は互いに求め合ってイイ関係を修復しようとしているように見える夫婦だけれど、絵の中に描かれている黒いワシと羽根をオープンにした孔雀が二人の事実を物語っているように感じます。 ゼウスの足元にいるゼウスを象徴するワシが見つめている先は、ヘラではなく違う方向・・ 肉体はココにあっても心ココにあらずという感じで、いつ飛び立とうかと気配を窺っている様子。

一方 官能的ファッションに身を包みながらさらけ出しているヘラの背後にいるオスの孔雀。 孔雀で思い出すのはヘラの忠実なるシモベだったアルゴス・・ 彼は百の眼を持つ魔神と伝えられていた死角がない生き物。 そんなアルゴスがゼウスの命令を受けたヘルメスに暗殺されるという事件がありました。 ヘラは忠実に自分を守ってくれたアルゴスの死を悼み、彼の眼を抉り取って自分が飼っていた鳥の尾羽根にくっ付けました。 そんなイキサツがある孔雀(尾羽根にアルゴスの眼を持つ)がヘラの背後にいるということは、ゼウスを信用していない証拠?  長年の夫婦とは思えないエロスを感じる絵の中の二人は、この後 どのような演技がなされたのでしょうか。

噛んでいいよ!

“クレオパトラの鼻がもう少し低ければ世界の歴史は変わっていただろう” という言葉が記されているのがパスカルのパンセという瞑想録。 人間を湿地に生える葦にたとえて “考える葦” と表現した言葉もこの本の中に記されています。 クレオパトラとは18歳で古代エジプト(プトレマイオス朝)の女王(七世)に即位した女性の名前。 美しさを武器に男を魅惑したという多くの逸話はあるけれど、実際の彼女を知ることは到底できません。 彼女の鼻がもう少し低ければこの世はどんな風に変わっていたのか分かりませんが、高すぎたクレオパトラの鼻がその後の歴史に大きな影響を与えたということなのでしょうね。

        

この女性はクレオパトラをイメージしてグイド・レーニが描いたもので 『クレオパトラの死』 という題名が付けられています。 緊迫した死の恐怖を感じる雰囲気はなく、彼女はどこかキョトンとした表情で天の方を見上げています。 彼女をクレオパトラとするなら、鼻筋が通っていて美人というよりカワイイ女性がクレオパトラ?  胸の膨らみがほとんどなく乳首も小さいので、まだ成長しきれていない少女のイメージが伝わってきます。

彼女の死は自殺という風に伝えられていて、蛇に胸を噛ませて(噛まれてではない)死んだということらしい。 左手でつまんでいるのが蛇なんだけれど、こんなに蛇って小さいかな?  デカミミズのように見えるけど・・ しかもこんなチンマイ蛇に自分の胸をはだけて噛ませたぐらいで死ぬか?  絵に描かれている状況は、その蛇を自分でつまんで自分の未熟なオッパイを噛ませようとしているところ?  蛇も好みがあるのでもっと豊かなオッパイを求めてる可能性も考えられ、念願通りに噛んでくれるとは限らない。
       
古代エジプト女王になったクレオパトラは実はエジプト人ではなく、ルーツはギリシアにありました。 そんなギリシア人だったクレオパトラがどうしてエジプト(プトレマイオスがエジプトに建てた王朝)女王になれたかというと、ローマ帝国の将軍だったカエサル(シーザー)という男の存在があったから。 彼女自身がそれを望んだのか、カエサルが女性のクレオパトラを利用してローマの属国にしようとしたのか明確なことは分かりません。 しかし不自然なカタチでエジプト女王になったような気がします。

長い時間とともに変遷して創り上げられてきたクレオパトラは、自分の胸を蛇に噛ませることで死を選択しました。 男に翻弄されたのか男を翻弄したのか事実は闇の中・・ でも男が放っておかない魅力的な女性がきっとクレオパトラ。 ない胸を蛇に噛んでもらうより、高すぎた鼻をネチネチ蛇に噛んでもらっていればその後の歴史は変わってた?

羊飼いの秘め事

聖書やギリシア神話に語られている “羊飼い(shepherd)” は音楽が好きなのか得意なのか、羊飼いという仕事(?)と楽器がセットになって描写されていることが多いように思います。 紀元前の遥か昔、イデ山に捨てられていたトロイアに生まれた王子(アレクサンドロス)を拾ったのが羊飼いでした。 その王子は成長してパリスという名の羊飼いになったという話はギリシア神話。

イデ山の洞窟で三人の美女に取り囲まれたパリスは美しさの審判を託されることになり、彼が選んだのは美の女神アフロディテ。 表現を変えるとパリス(羊飼い)は “美” すなわち音楽が好きということなのかも。 この話があって後に10年も続くことになるトロイア戦争(トロイア×スパルタ)が勃発し、パリスが生まれたトロイアはスパルタによって崩壊させられました。
         
また旧約聖書にみられる古代イスラエルの初代王がサウルで、二代目はダヴィデ。 
この二代目ダヴィデもまた羊飼いで竪琴の名手だったという話になっていました。 サウルに続いて神の意志を実行するためサムエルが油を注いだのがダヴィデ。 神に二番目に選ばれたのが羊飼いでしかも竪琴を奏でるのが上手なダヴィデ。 ギリシア神話のパリスと旧約聖書のダヴィデに共通するのは羊飼いで音楽に長けている?

   

これは “眠れるヴィーナス” や “嵐” を描いたジョルジョーネ作 『田園の奏楽(Pastoral Concert)』 という絵。 先の二作品も屋外で裸になっている女性を描いたものでした。 
今回もまた女性は裸!  絵の題名になっているパストラル(pastoral)は羊飼いが奏でる牧笛の音色という意味も含まれていて、田園で演奏しているこの二人の男性は羊飼いの可能性が考えられます。 

羊飼いは服を着ているのに何故か二人の女性は衣服を身にまとわず、白い布を絡ませているだけ。 羊飼いのヒツジってこの裸の女性のことではないのかナンテコトを考えてしまいました。 羊飼いは従順な羊を飼いながら牧笛を吹いて、いつの間にかヒツジを裸にしてしまう特技があるとか・・ イエス・キリストも羊飼いだったですね。

闖入者

  

映画のワンシーンのように感じるこの絵を描いたのは、イタリア人画家ティントレット。
以前 “Oh! スザンナ” というタイトルで投稿した男二人に自分のヌードを覗き見(見せてあげてる?)されている絵を描いた人。 やはり女性のヌードをテーマにした絵で、ローマ神話がベースになっているこの絵のタイトルは 『ウルカヌスに見つかったマルスとヴィーナス』。 自分のヌードを隠すどころか大胆にさらけ出そうとしている女性が美の女神ヴィーナス(ウェヌス)。 自分のヌードに自信があるからと思うけれど、 “好きなだけ見て!” というような声が聞こえてきそう。

この絵に描かれたシーンは、妻ヴィーナスの浮気現場に夫ウルカヌスが闖入し愛人のマルスが奥のベッドの下に隠れているトコロ。 また部屋の隅のベッドに横たわりながら優雅なポーズで大人たちの動向を観察(?)しているのは、ヴィーナスの子キューピッド?  そして妻のそばにいる男がウルカヌス・・ 彼もヴィーナス同様 裸同然の恰好でこの部屋に飛び込んできた様子が伺えます。 そんな二人が映し出された丸い鏡の中のウルカヌスの背中が印象的!

ウルカヌス(Vulcanus)とはローマ神話の火の神・鍛冶の神、マルス(Mars)はローマ神話で戦の神。 鍛冶の神だったウルカヌスを想像すると象徴するべきものは刀剣かな。 でも絵に描かれたウルカヌスは、妻の浮気現場に遭遇したにもかかわらず荒々しい雰囲気は伝わってきません。 一歩間違うと血の部屋になってしまう可能性も秘めていたのに、ティントレットは奇妙なユーモアを感じる絵に仕上げました。
    
ヘルメットをかぶった軍神マルスが、犬と目で会話しているような雰囲気も笑える。 さらに浮気の直後とは思えないような大胆さで夫ウルカヌスを受け入れているヴィーナスはやはり美しい。 一番うろたえたのは戦の神だったマルスかも・・ それに反して向こうで眠っているフリ(?)をしながら一部始終を観察しているようなのがナント子供。 ヴィーナスの子であるはずのこの子の父親は誰?

ユピテルの仕事

            

うっとりした恍惚感に浸っている表情の女性は“イオ(Io)”。 彼女を官能の世界に導いているのがモクモクした煙のようなモヤのようなユピテル。 ローマ神話でジュピター、ギリシア神話でゼウスと同一人物を示す女好きで浮気性のユピテル(Jupiter)が、イオの右頬にキスしながら彼女の左脇からモコモコ侵入しています。 イオはユピテルに身を任せて悦楽を堪能している様子!

森の中の切り株に腰かけている間にユピテルによって着ていた服を脱がされたのがイオ? あるいはイオがユピテルを想いながら自分で脱いだのかもしれません。 深い森のキリカブでユピテルと抱き合っているイオ。 夢? ウツツ? 幻? 絵?  ユピテルに愛されたイオの表情は官能的で美しい! 女は愛されると美しくなるのです。

ドキドキ感を与えてくれる 『ユピテルとイオ』 というこの絵を描いたのはコレッジョ。 
コレッジョはこの作品以外に、神話画連作の “ユピテルの愛の物語” として多くのものに変身したユピテルを描いています。 ユピテルは女だけに手を出すのではなく、少年にもチョッカイを出しています。 奥さん(ユノ)の目を盗んでマメに官能世界の構築に努力を惜しまないのが最高神のユピテル。 最高神の仕事は自分が気に入った相手だけに官能 ・ 恍惚 ・ 悦楽を感じさせることかも・・

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