新羅脱出

牛飼いの男が隠し持っていた赤玉を無理やり奪い取り自分のものにしたのが新羅国の王子だった天日矛(槍)。床の間に置かれていたその赤玉がいつの間にか美しい娘に変身し、ヒボコはその変身ぶりに驚きの表情も示さず彼女と交わり結婚(交わりが先?)します。その娘(赤玉)の生みの親は沼で昼寝をしていた一人の女。見かけはギリシア神話に多い女一人の単独出産ですが、赤玉出産に至らしめたのが太陽光線でした。別の男が持っていた赤玉を横取りした挙句、当然のように赤玉と結婚した天日矛の正体はもしかして太陽光線?

  
夫であり父でもあった天日矛に尽くしていた赤玉から変身したアカルヒメ(明玉)ですが、ヒボコの度が過ぎた粗雑な言動に耐えきれず彼女はヒボコに言いました。「ハッキリ言って私はあなたの妻になるべき女ではありません。」 父と娘の婚姻はいつの時代も厳禁だったはず。さらに彼女が言うには「私は私の故郷(母の国)に帰ります。」という言葉で、新羅で誕生したアカルヒメの故郷は新羅ではなかったことが判明。新羅の王子ヒボコとは住む世界が違うと感じた彼女は海を渡ります。


海の向こうから日本にやってきたのはアカルヒメだけではなく、
常世国出身の少彦名神や三輪山を住処にした大物主神も渡来神。また母の国に行きたいと言っていたスサノオノミコトに関する異説に紹介されていたのが新羅国のソシモリから海を渡って日本にやって来たこと。母の国を目指していたスサノオノミコトもまた新羅を嫌っていました。アカルヒメとスサノオノミコトに共通するのが母の国で、異国の神を拒否せず受け入れた国が母の国・日本だったような・・

 
さて妻に逃げられた天日矛はその後どうしたか。自業自得なので諦めた方がいいような感じですが、妻(子?)を諦めきれないヒボコもまた海を渡ります。夫婦そろって勇気があったという解釈ができる反面、女を追いかける女女しい男がヒボコということにもなりヒボコの置かれた立場は極めて弱い。一方海を渡って難波に落ち着いていたのがアカルヒメ。その彼女を追いかけヒボコも難波に向かいますが、いよいよ難波到着を目の前に邪魔者(海峡の神)が出現しアエなく撤退。邪魔者って鳴門の渦?

 
横柄さが鼻持ちならない天日矛は渦を管理する珍彦(椎根津彦)に嫌われ、その結果アカルヒメとの婚姻は御破算。そんなわけで難波に上陸できなかったヒボコは新羅に帰国せず但馬国に定着し、但馬の娘と結婚することで子孫(田道間守や神功皇后のルーツ)を残します。自分の娘だった可能性のあるアカルヒメとの結婚は長続きせず、その後アカルヒメはどのような道を歩んだのかという話は何も伝わっていない。スサノオノミコトが新羅を嫌ったようにアカルヒメも新羅から脱出し、新羅の王子だったヒボコもたまたま新羅を脱出し帰国することはなかった。言い換えると戻りたい気分にならない国が新羅で包容力のある母の国とは正反対なんだと思う。


天地を照らす神の故郷

出雲建国に精を出していた少彦名神(大己貴神の相棒)は早々に手を引き、自分の故郷・常世国に帰ります。最終的に高天原族の手に渡ることを知っていたと思われる事代主神の決断で日差しを遮る出雲国は消滅。その後高天原から落ちてくるのが生まれたばかりのニニギノミコトとその赤ん坊を世話する従者。後に大山祇神の娘(妹)コノハナサクヤヒメと結婚するニニギくんですが、醜い磐長姫(姉)を嫌い妻にすることを拒絶。さらに一夜の契りで妊娠したコノハナサクヤヒメに「ホントに自分の子か?」という醜い言葉を投げかけ、妻を怒りの火中出産に至らせる危険男が天照大神の孫でした。そんなニニギノミコトに従うことになったのが天照大神の岩戸隠れにかかわったメンバーで、彼らは天でも地でも従わなければいけなかった?               

 
そのニニギ御一行様が地に落ちるという話を聞きつけ、彼らに立ち塞がったのが異形の形相をしたサルタビコ神。出現場所は天のヤチマタ(八衢)という道が八方向に分岐した場所で、目的地が決まっていなかった彼らの道案内を買って出たのが鼻のデカイ神でした。天(高天原)と地(葦原中国)の両方を照らすことができたサルタビコは宙に浮いた状態? 国津神とされるサルタビコですが、天のヤチマタに出現し上も下も照らすことから考えると、どちらにも属していないような感じ。分岐点という重要な場面で出現するサルタビコは目指す方向を熟知していた神のようで、ニニギノミコトの出発点はサルタビコの意志で日本の西(筑紫の日向の高千穂のクシフル峯))に決定されます。

 
天孫の居場所を定めたサルタビコが次に目指す先は自分の故郷。その道行きに同行したのが猿女君という名を賜った幻覚ダンサー天宇受女(天細女)。ここで気になるのがサルタビコの故郷とされる伊勢国五十鈴川の川上。五十鈴川とは三重県伊勢市の神路山(内宮の南方)を発源とする川で、伊勢神宮・内宮(五十鈴宮とも呼ばれる)の境内を流れる川として知られています。元々はサルタビコ神を祀っていたかもしれないこの土地はサルタビコ神の子孫・大田命によって倭姫命に献上されたという話。
ということはこの辺りの土地はサルタビコ神が所有していたことになり、出雲国に続いて神風の伊勢国までもが都合よく天孫族に譲られたってこと?

 
八方向の核に居るサルタビコ神は赤かがちの目で、同じ目をしていたのが草薙剣の生みの親となった死んだ八岐大蛇。今のホオヅキ(鬼灯)を赤カガチと呼ぶことから考えると鬼の居場所はこの世にない。現在は内宮の北西方向にある椿大神社に祀られているサルタビコ神ですが、この場所で安心して眠ることができるかどうか。天孫族を導き土地まで献上したサルタビコ神・・ つらつら椿のツラは辛さのツラかも。


夢は軽野

    


       枯野を 塩に焼き 其が余り 琴に作り かき弾くや
     
由良の門の 門中の海石に 振れ立つ 浸漬の木の さやさや

 
都を難波に設置した仁徳天皇(応神天皇の子)が詠んだ歌のトップに出てくる“枯野”とは伊豆国から献上された船の名前のこと。材質の軽さ故、他のどんな船よりより速く進んだことから元々は“軽野”と呼ばれていたようで、日本書紀の注釈では枯野は軽野が訛ったものではないかという風に記されています。その軽い船を造ったのが難波から遠く離れた伊豆国。また応神天皇五(274)年十月伊豆国に命じて船を造らせたと記されているので、走るように軽やかに航行する枯野(軽野)船の材は伊豆産の楠?

 
伊豆半島の中央部辺りに“軽野神社(静岡県伊豆市松ヶ瀬)”があり、大国主神の息子で出雲国を高天原グループに譲ることを最終決定した事代主神が祀られています。
事代主神の個性として思い出すのは出雲(伊豆毛)国から伊豆方向に向き(北西から南東)再生を果たすことで余計な毛を排除することができた人物でした。高天原族との関わり(毛?)を排除することは自らを軽い立場に置くことにもつながり、そういう点では事代主神は過去の不快な出来事にこだわらない生き方を選択しています。

 
若い頃の枯野は猛スピードで行ったり来たりを繰り返した船。伊豆産の軽い楠(虫が寄り付かない)で造られていた枯野も年月ととともに老い、船の役目を終えようとしていた時に詠まれたのが冒頭の歌。枯野に使われていた材を薪に塩を作ったところ、燃えない部分があった。その燃えなかった材で琴を作ると海中に眠る岩さえユラユラさせる素敵な音色が響いた・・というような意味で、枯野という船を讃えています。その一番の理由が軽さ?

 
生きている木は水分を多量に含んでいるので重い。水分を中心に考えると枯木は水分が排除された状態(ミイラ化)なので軽い。『軽い』を英語にすると『light』。
ライトには光という意味もあることから軽さは光? この世に光が存在する場所は枯野あるいは軽野ということになり、事代主神が祀られている軽野神社は過去を断ち切ることができる人だけに見える光輝く場所なのかも。


虚仮と苔

           

妊娠した妻に向かってニニギノミコトが発した言葉は“自分の子かどうか分かん!”。浅はかな夫の言葉に対し火中出産で三人の男の子を誕生させ、疑いを晴らしたのがコノハナサクヤヒメ。天孫という立場にあった男が発した言葉は甚だ軽い。
妻を傷付けていることすら分からん口軽男の妻になったのが大山祇神の娘コノハナサクヤヒメ。当初、大山祇神は二人の娘をニニギノミコトに嫁がせていました。
しかしニニギノミコトの選択は二人の女性を妻とせず、醜い顔立ちの磐長姫はイラン!と拒否。

妻を妊娠させる前段階からすでに自己チューの性格だったようで、
岩のように永遠なる夫婦関係を願って送られたのが不細工(細工されてない?)な磐長姫。美しい細工に彩られた女性は受け容れても細工されていないスッピンの女性は虚仮にする?
口が軽いうえゴソゴソした細工好きで自分のことしか考えない男に拒否された磐長姫は、自分の人生を棒に振らずに済みました。一方気に入られてしまった妹は夫の不快な言葉と闘うため危険な炎に飛び込みます。二人の姉妹を振り回すことしかしていないのが自分で落ちる場所すら決められなかったニニギノミコト。(ア〜アッ)

 
ニニギノミコトの別名は余りに多すぎて、この場で書く気にもなりません。フルネームは嫌になるぐらい長ったらしい名前の“アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト”。読むのも嫌になるでしょ。前半の“天にぎし国にぎし”の意味するところは天地が豊かに賑わうということのようで、賑わうことが強調されている名前・・ ということは天も地も常に落ち着くことはない? だから人は毎日忙しそうだし気候も安定しないし、生活の基盤となるお金の心配もしないといけない。富み栄えウルサイことが賑わうことの意味なので、ユッタリしたい人がニニギノミコトに近付くことはなさそう。

 
そんなウルサイことが好きなニニギノミコトの妻になったが故、火中出産という危険を犯したのがコノハナサクヤヒメ。一方醜いことが幸いし、虚仮にされたイワナガヒメは岩のように動かない人生を送った? もともと賑わうことを中心に置くニニギノミコトと動かないことが好きなイワナガヒメの相性は悪く、長い時間を共有する結婚生活にふさわしくなかったのがニニギノミコトとイワナガヒメ。二人の間に永遠の静けさが存在することはなく、行き当りバッタリの結婚生活に飛びこめるのは気が変になった夏の虫ぐらいのもの。

 
天孫に虚仮にされたイワナガヒメはその後どうしたのかが気になり、捏ね回した末に出会ったのが伊勢神宮内宮の“摂社・朝熊神社”。そこに祀られているイワナガヒメの別名が苔虫神。動かない石にこびりつく苔をイメージする苔虫神はイワナガヒメにピッタリな感じ。好き好きはともかく君が代にも歌われた“さざれ石の巌となりて苔のむすまで”を思い出させるのが苔虫神と称されたイワナガヒメ。苔は原始的な陸上植物の一群で多くは緑色を呈しています。

 
茶色い土を覆ってしまう緑色の庭園といえば京都の西芳寺(通称苔寺)。もともとは荒廃した枯山水だったようで、夢想疎石(伊勢出身)の手で再興され名前も西方寺から西芳寺へと改められました。苔に覆われた静けさは俗世間の賑わいとは一線を画した聖なる空間で、ニニギノミコトに拒否されたイワナガヒメの切ない心情につながるように思います。俗界を避けて生きていこうとしたのが苔虫神に変身した不細工顔のイワナガヒメ?

           

          しずかさや 岩にしみ入る 蝉の声

 
芭蕉が表現した“しずかさ”とは苔寺のように長閑でゆったりした空間だったはず。
岩にしみ入るのは蝉の声に加えて虚仮にされたイワナガヒメの苔。イワナガヒメを拒否した賑わう天孫グループに苔虫神の心情は理解できないと思いますが、21世紀の現代まで歌い継がれてきた君が代の苔むした巌に通じるのは天孫族とは相性が悪かったイワナガヒメ。天孫にどれだけ虚仮にされようとも静かな生き方を求めたイワナガヒメは日本の苔文化を象徴する存在で、日本人本来の感性に通じるワビとサビを内包しているように思います。                      


五右衛門風呂と薪

           

安土・桃山時代に出没し、現代まで語り継がれてきた大泥棒の名前は石川五右衛門。
時代時代でコロコロ変わる政治家の名前より釜茹での刑に処せられたヒーロー的存在石川五右衛門の名前の方がはるかに知名度は高い。最近は余り使われなくなりましたが、田舎の農家で昭和30年代頃まで使われていたのが大きな鉄釜を用いた五右衛門風呂。暖炉のように薪をくべて燃やす形態の五右衛門風呂は一度沸かすと冷めにくいので冬の風呂にはモッテコイ! スイッチのオン&オフではなく炎が舞う熱は持続力があり、その温かさは長続きします。便利さの代わりに何か大切なものを落としてしまったような気がする日本人。

                   
大阪で生まれ育ったエスマルは幼少期の頃から親に連れられ何度も田舎(高知)に帰省していました。そこで体験したのが五右衛門風呂。母屋と離れた所にあった五右衛門風呂は便所と隣接するような感じで、風通しのいい小屋みたいなものでした。湯の上にプカプカ浮いている板を沈めて入る習慣の五右衛門風呂ですが、この形態の風呂を知らない人は必ず浮いている板(サイズが合わないフタに見えるんですよネ)を取り除きたくなるもの。幼かったエスマルも例外ではなく不自然なフタを取って入り、すぐに出たように記憶しています。その後キチンと板を沈めて湯につかることを学んだけれど、いつの間にかその学びを活かす風呂が失われてしまいました。

                 
五右衛門風呂で思い出すのは田舎のバアチャンが外で薪をくべて沸かしてくれたこと。わずかな会話だったけれど、その遠い光景は今でも深く心に刻まれています。
多くを語らなくても五右衛門風呂の外と内で心を通わせることができたのがかつての日本。しかし今は携帯電話でウルサイぐらい多くを語り合っても相手が何を考えているのか分からず心は寂しい。温かさを持続できた五右衛門風呂の減少に伴い増えてきたのが冷めやすいスイッチオンの便利なユニットバス。冬は熱湯を足しても足しても寒い感じで、五右衛門の心境に至ることはありません。釜茹での刑で死んだという五右衛門は冬なら気持ちよかったかも。ついでながら“薪”という漢字は草冠に新となり、新たな力で心の芯を温めてくれそうに感じます。


二千年の務め

                   

天孫ニニギノミコトの長男(海幸彦)と三男(山幸彦)は主従関係を明らかにするため持ち物交換ゲームを始めました。結果は山幸彦が“主”そして海幸彦は“従”という役を与えられ、主従関係は成立します。二人のルーツと思われる大綿津見神と大山津見神を生み出したのはイザナギ&イザナミで、綿と山がペアになることはありませんでした。大山津見神は野神(カヤノヒメ)と結婚して八柱の神を誕生させますが、大綿津見神は孤独で目立った話はほとんどありません。


海と山は昔から仲が悪かったようで、山の神より先に誕生していたのが海の神。
先に生まれるとロクなことはない? さて海幸彦(漁師)と山幸彦(猟師)に戻して考えるとこの二人の母は大山津見神の娘コノハナサクヤヒメ。“ホントにワシの子?”と夫に疑われ、火中出産でその事実を証明させるぐらいに気の強い女性でした。そんな女性から生まれた末っ子が結婚することになるのが海神の娘トヨタマヒメ。では長男は山神の娘と結婚したってこと? 海幸彦に関する記述は余りないので確かなことは分かりませんが、話の流れからすると海と山はクロス関係。

ワタツミを漢字で書くと『海』や『綿津見』そして意外なのが『少童』。ワタツミ神は子供あるいは子供っぽい大人? 先の海幸彦と山幸彦の主従関係を振り返れば納得できる話だし、大人の支配下に置かれていることを感じている子供は現代にも多数いるはず。山と海の関係は大人っぽい大人と子供っぽい大人の対立でもあり、現実には大人っぽい大人が中心となってこの世界は回っています。大人になっても子供のように遊んでいると周囲の人間から駄目人間のレッテルが貼られ、挙句の果てに村八分!

                 
話題は変わって世の中の裏も表もすべて知りつくした人を“海千山千”という風に呼ぶことがありますが、大抵の場合 好印象で呼ばれることはありません。しかしこの言葉が使われるようになったキッカケはある伝説によるものでした。その伝説とは悪役を代表する蛇が主人公の話で、胴体だけで這い回る足のない“蛇”が海に千年山に千年住めばこの世には存在しないはずの“竜”になるというもの。支配する側と支配される側をそれぞれ千年・・合計二千年のオツトメを完了すればホンモノの竜になれる? その長〜い務めを終了しない限り海族か山族に配分され、闘わなければいけないのがこの世。

 
しかし海幸&山幸の間にいた次男(火須勢理)は山にも海にも属していなかったはず。生まれた事実はあったけれど海山対決にはまるで関係なかった次男がもしかしてこの世の竜? また火須勢理と名前が似ていた須勢理姫が登場する場面は根国で、鼻から生まれたスサノオノミコトが支配する国でした。海千山千を完了した人物が入ることを許されるのが根国かな。山と海に挟まれ行き場のなかった火須勢理がたまたま落ちたのが根国で、落ちたショックで性転換が行われてしまった可能性も・・

 
スサノオノミコトの娘として根国に突如登場する須勢理姫の実体はアリスのように穴から落ちた火須勢理? 落ちる際に火が消え、さらに衝撃の性転換で海にも山にも属さなかった火須勢理は須勢理姫になったという結末。他の人が納得しなくても自分が納得することが大事!ということで、以前から気になっていた火須勢理と須勢理姫のコンタクトを何とか見つけることができました。
        
* ホスセリに ホッ(火)と息かけ スセリヒメ *


中秋の名月

                   

漠然とながら“お月見”は9月半ば頃と感じていましたが、今年は今日(103日)がお月見の日。月の満ち欠け(新月から満月を経て再び新月に戻る)に要する29日か30日を一ヶ月と見なして作成された暦が旧暦(陰暦)で、今日がその旧暦815日(十五夜)で“中秋の名月”と呼ばれるお月見の日になっています。新暦に慣れ親しんでいる現代の日本人は毎年コロコロ変わる中秋の名月に合わせて月見団子やススキを用意しなければいけない。満月となる十五夜の月へのお供え物として月見団子が選ばれているのですが、お月さまは甘くて白くて小さい団子が好物ってこと?

     
この月見団子は日本全国一定ではなく地域によってオハギのように外側をアンでくるむ団子や羽二重餅のようにスベスベの白い餅の中にアンが包まれている団子(大福餅)など狭い日本といえど各地に残る風習は正反対に違っています。しかし月見に必要なのは甘い団子であることは間違いなさそう。辛い団子や苦い団子というのはまず考えられないので、満ちたお月さまが一番に求めているのは甘さ! 神社で神に捧げるのが神酒なら満月に捧げるのは団子。少なくともアンなしの白い団子を串に刺した御手洗団子のような団子は厳禁?


         

月見を彩るもう一つのものが風と一体化してユサユサ揺れるススキ。数ある植物の中から選ばれたのが秋の七草の一つでもある“ススキ(萩も月見に飾られることが多い)”。漢字で書くと“薄”以外に『芒』という漢字が使われていてどことなく侘しい感じになるけれど、草原に群生するススキの花穂が夕陽を浴びてキラキラ輝く情景をイメージするとススキに似合うのは黄昏の空をオレンジ色に染める夕陽。人と人の間に頻繁に発生する訴訟問題に揺れるのが地球とするなら、見えない風と一緒に揺れる黄金色の世界を形成するススキの故郷はきっと月。

 

    おりとりて はらりとおもき すすきかな      飯田蛇笏       


手弱女から手強女へ

                 

天岩戸の前でうつぶせにした桶の上に立ちヌード・ダンスを繰り広げたのはアメノウズメ。巧みな俳優(わざおさ)となったウズメは空洞になった桶の上でステップを踏みながら神懸かり状態になったと記紀は表現しています。その神懸かり状態とは背をそり露わに胸乳をさらけ出したうえに、裳の紐を番登(ほと)に忍(お)し垂れてステップしているような記述。神懸かると酒に飲まれたように自分の服を脱ぎたくなる? 特に裳の紐がホト(陰部)の辺りに垂れ下がっている状態は上半身と下半身の性がチグハグな感じ。そんな彼女を見て笑っているのが八百万の神なんだけれど状況は太陽神不在の暗黒の世界だったはず。

笑い声のある賑やかな様子を演出して天照大神の気を引こうとしているのが俳優アメノウズメ。特にコメディアンなどは人を笑わせてナンボの仕事。人を笑わすことができないコメディアンは舞台から退場してもらうしかないわけで、その点においてアメノウズメは恥じらいをかき捨てヌード・ダンスに興じることができたプロ魂の持ち主。しかし岩戸に隠れた太陽神不在のこの世で笑い声が巻き起こる現象はやはりヤラセ? 「あなたより尊い神が生まれました。」と言うウズメの言葉に思わず自分自身を覗き見してしまった天照大神。


その直後 洞窟から天手力男に引っ張り出されたのが一度死んで再び輝いた光(天照大神)。
キリストが再生を果たしたように日本のトップ天照大神も再生しなければいけない立場にあった神。“生まれ変わった気持ちでスタートする”あるいは“死んだつもりで始める”という言葉がありますが、そのような強い覚悟でモノゴトに臨む精神を持っていたのが天照大神の血筋につながる日本人。死んだつもりで何かに取り組むことができる当人は余程辛いことを体験し、その辛さを乗り越えた結果の再生なんだと思います。ただ天照大神の場合は弟の“悪しき態(わざ)”が原因で岩戸に隠れました。このワザと読ます“態”もウズメのワザオサに似てスサノオノミコトがワザと姉を怒らせようとしたんじゃないのかな。

     
また日本書紀にウズメは“楽(あそび)をした”という記述があることから考えても神懸かりというより、ふざけてヌード・ダンスに興じた一種のお遊びが岩戸の前で実践されたように思います。面をかぶる神楽という名前で現在まで引き継がれてきた神々の陽気な楽に興味を示したのが天照大神。太陽神は楽が好き? 後の天孫降臨に際し天のヤチマタという分岐点で道案内を申し出た異国の住人・サルタビコに対峙したのが天照大神の前でふざけたダンスをして周囲を笑わせたアメノウズメ。ウズメの度胸を熟知していた高木神の指名により、彼女は敵かもしれないサルタビコに向き合うことになります。

 
“汝は手弱女(たわやめ)にはあれどもイムカウ(敵対する)神と面勝つ(睨み勝つ)神なり”という風に例えられたウズメ。セミヌードで男を引きつけ怪しい目で男を弄ぶ危険なウズメちゃん? また天津神(ウズメ)と国津神(サルタビコ)は出身国か違い、通常なら敵対関係から戦いの修羅場になってしまう可能性もあったはず。しかし神話が記すようにイムカウ神に面勝つ俳優の手弱女がアメノウズメ。睨めっこで周囲は笑っても当人は笑わない睨みがきく目をしていたことが面勝つ原因につながったように思います。弱い手に反して面勝つ目で周囲を圧倒したアメノウズメは男性要素を多分に備えた女性。

 
サルタビコに面と向かった時のウズメの様子は岩戸前で見せたヌード・ダンサーと同じだったようで、酒が入っているのかあるいは元から裸好きなのか・・少なくとも上品な女性ではなさそう。そして上品さとは大きくかけ離れたデンジャラス・ビューティに惹かれたのがサルタビコ? 天孫一行を日向(日本の西)の高千穂峯まで導いた後、サルタビコが次に向かった先は伊勢の狭長田の五十鈴川。高千穂の峰が天孫にふさわしいと考え、彼らを連れて行ったのはサルタビコ。そしてサルタビコ自ら自分の場所にふさわしいとして選んだ(故郷?)のが山ではなく清流・五十鈴川の川上。

 
サルタビコは自分一人でその場所に行かず、ウズメに連れて行ってくれるよう頼んでいます。この出来事により手弱女アメノウズメは国津神(相手国)だったサルタビコの名を賜り夫婦になったということなんだけれど分かりにくい話だっ! サルタビコの故郷だったと思われるのが伊勢の狭長田(さなだ)の五十鈴川。“その場所に連れて行ってくれ!”と頼むサルタビコはどちらかといえば女性的? そんなサルタビコに頼りにされ、旦那の要望通り五十鈴川に連れて行ったのがヌードでも平気だったアメノウズメ。

サルタビコは外見に反して頼れる妻を求めてたってことかな。
男に頼られたアメノウズメは手弱女から手強女に大変身。天が故郷だったウズメ(宇受女・細女)は故郷が違うサルタビコに出会い猿女君に改称。(結婚したから?) 一つの卵の中に存在する黄身(君)と白身の関係になったのがこの二人。しかし阿邪訶(あざか)の海岸で漁をしていた時に比良夫貝に“手”を噛まれ溺れ死んでしまうのがサルタビコ。
貝に手を噛まれたぐらいで溺れ死んでしまう話の真意は何なのか。手弱女から手強女になったサルタビコの妻はその夫の死をどのように受け止めたのか。猿田彦は念願通り五十鈴川の川上に辿りつくことができたけれど、一人残された猿女君(変な名前)が帰る場所は何処?


原点はカオス

                   

『古天地未剖“古(いにしえ)に天地(あめつち)未(いま)だ剖(わか)れず”』
これは日本書紀冒頭の言葉で、その後『陰陽不分。渾沌如鶏子。』という言葉が続いています。日本開闢(創世)神話が伝える原初の様子は天地の区別ができない状態で陰陽の区別もなく、鶏の卵の中身のように混沌(渾沌)としていたことが表記されています。聖書やギリシア神話にも共通する世界の創世は天地・陰陽の区別がつかない混沌(カオス)が原点。そしてその後に続く言葉が『溟滓(くぐも)りて牙(きざ)しを含めりき』。内にこもる状態の“くぐもる”鶏の卵が鋭い牙のような兆しを含んでいるということなのか・・フ〜ム

 
そして清陽なるものはたなびきて天となり、重く濁れるものは滞りて地となったという風に続きます。地より先に形成された天は陽を含む軽さと清らかさを持ち合わせていたのに対して、固まりにくかった地は陰を含む混濁した重さが感じられます。例えるなら水の上で魚が浮いて漂っている状態が地であると記す日本書紀。混沌から天地分離に至るのが内にこもっていた卵が割れた時? 殻の中に一体化してこもっていた陰陽(男女)の区別が決定されるのもこの瞬間?

          
牙し(兆候?)を含む卵とは如何なるものか。何かが起こる前ぶれ現象をキザシと呼び、卵が割れるキザシとは殻にヒビがはいった状態かな。ヒビがはいると内にこもり続けることができなくなり外に飛び出すしかないのが卵の中身。そして飛び出した卵の軽いモノは天に、重いモノは地にと分離されることになったのではないか。陰陽で考えると真ん中の核になる黄身の部分が陽で、その黄身を保護する状態の白身が陰。ということは黄身で形成されているのが天で地は白身で成り立っている?

 
しかし本来は二つで一つのものだった黄身と白身は殻が割れて別々の道を歩くことになりました。人間を例にして考えると陽の男性と陰の女性は本来一つのものだった可能性が・・黄身という男性要素を保護しているのが白身の女性要素。男女別々に区別されこの世に誕生する人間も本来(原初)の姿は男女が一体化したものだったのでは・・そして卵が割れた結果 天地が形成されトップに出現するのが陽だけを持った天御中主神。その後に続くタカミムスビ&カンムスビの二神も陽だけを持った独神で出現場所はもちろん天(高天原)。

陽だけを含む別天津神(五柱)の出現後、神世七代が続きその最後(七代目)に出現するのが
男女の区別が明確なイザナギ&イザナミの夫婦神。天地を陰陽の区別として考えるとイザナギとイザナミは住む場所が異なっているように思います。最終的に二人は仲違いをして黄泉国住人になってしまった妻を取り戻すため黄泉国訪問を果たす夫ですが、二人の終の住処は違ったまま。本来は一つのものだった陰陽を形成する夫婦神は多くの国土や神々を生み出したけれど、最後は夫婦喧嘩で歩んだ道は別々。

 
天地に分離する以前は鶏の卵の中身のようだったと考えられるカオス。この世の原初がカオスなら、人も原初の姿は核となる黄身とその黄身を守ろうとする白身の合わさった姿だったはず。黄身のような君に出会えるか、あるいは黄身を守ろうとする白身のような君に出会えるかがその人の人生の豊かさを決定するように思います。

     

      君により 言の繁きを 故郷の 明日香の河に 禊しにいく

この歌の故郷は飛鳥川。好きになった君との明日を信じて禊を実践しようとしている主人公。そして禊の場所に選ばれたのが故郷の明日香。明るい日の明日が来るか来ないかを決定するのは原初の姿に戻れるか否か。   


烏と兎と人間と

                  


太陽神のお使いを引き受ける三本足の烏が棲むという中国の伝説に基づく太陽の別名は“金烏(きんう)”。 
昼を担当する太陽に対して夜を管理するのは赤目の兎が棲むと考えられた月で、別名“玉兎(ぎょくと)”。 明るい昼を受け持つ太陽と闇に包まれた夜を管理する月を総称して月日が過ぎ去る(太陽と月が順繰りにチェンジする)ことを『金烏玉兎』という言葉を使って表現しました。 黒いカラスは金そして白いウサギは玉にたとえられています。 また この言葉と同じ意味で使われているのが“白兎赤烏(はくとせきう)”。

 
ここで疑問発生! 金烏(太陽)玉兎(月)の順番が逆で、しかも黒烏ではなく赤烏ってどういうこと? 日本神話に置き換えると月読命が白兎で赤烏が天照大神ということに・・天照大神は女性ということで赤烏なのか・・フ〜ム。 あるいは染まらないはずの黒いカラスは太陽神の赤に染まったという理解もできそう。 さらに考えられることは赤は黒で黒は赤・・ホント?

      
太陽神にかわいがられた烏の特徴として考えられるのは足の本数。 三本という陽数でしかも素数。 風来坊のように全国各地を渡り歩く二本足の旅ガラスではなく、三本足のカラスとは何を表現しているのか。 一本足の案山子のように、三本のうちの一本を土の中に埋め込まれ旅烏になれなくなったカラスがもしかして金烏(赤烏)?もし金烏と赤烏が同一のものなら赤色は金を示していることになるのですが・・

       
一方 月に棲むことを許された兎は四本足ではありますが、前後の足の長さが異なり平地を歩くより坂をジャンプするのに好都合な足の形態をしています。 羽根がない兎は烏のように飛べないので足の跳躍力を利用して地面を蹴って月まで飛んだ?
さらに目が充血したように赤いことから想像すると兎は夜も眠らない(眠れない)?
眠らずに何をしているのかを想像すると夜の闇に危険なものが侵入しないように安全チェックをしているのかも。

 
烏と兎は地球を離れ太陽と月に住み処を求めました。 地球でウトウトしていたらヒドイ目に合うことを知っていたのがカラスとウサギ。 ウトウトしたかった烏兎は地球を離れ太陽と月に安住の地を確立! タイプが異なるように見えたカラスとウサギの基本は同じで、ウトウトできる太陽と月が彼らの故郷。 そして年々歳々の慌ただしい歳月を果てしなく繰り返しているのが羽根もなく赤目でもない二本足の地球人。


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