スポンサーサイト
- 2022.04.05 Tuesday
一定期間更新がないため広告を表示しています
- -
- -
- -
瀬戸内海に浮かぶ島グループの一つが塩飽諸島(中部)で、その塩飽諸島の中でも特にユニークな形で浮かんでいるのが粟島という島。一つの島ではあっても実際は三つの島が砂洲でつながって形成されていることから地図上でもそのユニークさで人目を引くことに・・
この粟島にかかわっているのが先に述べた三という数と潮の満ち引きで、長い年月をかけ名もなき三つの島の架け橋的役目を果たしたのが砂洲の形成でした。香川県の荘内半島(北西に突き出す)の東海上にある粟島(三つの山)を結び付けることになったのが月と地球が引き合うことで引き起こされる潮汐で、離れていた三つの島はその潮汐で形成された砂洲で一つの島になりました。そしてその名が海の男たち(日本で最初に国立海員学校が設立された)を生み出した粟島。
荘内半島の紫雲出(しうで)山から眺めた粟島
イザナギ&イザナミ両親に捨てられた島の名前に淡島というのがありました。女性リードの国生みが敬遠され捨てられることになった淡島を粟島と仮定して考えると、はかない泡のような島はどこかでつながりたいと願っていた可能性が・・ 親に捨てられるという厳しい環境に置かれたことで支え合うことを求めたのが粟島? その支え合いで生まれた奇妙な形の粟島は見方によれば『人』という漢字に似ています。
果てしなく長い時間をかけて月と地球が影響し合うことで生じたのがが粟島。
そして粟島と似た形の人も壮大な宇宙が生み出した賜物。
離れていても自分を支えてくれる人がどこかに他に二人居ることを信じて・・
粟島サイクリン途中、眼下に見渡せる透明度抜群の海の輝きは海男の象徴?
最近はほとんど表現されなくなった色は“ダイダイ(橙)”色。黄色と赤色を混ぜたような色合いでミカンの皮の色に例えてオレンジ色と呼ばれることの方が多いダイダイ色。このダイダイ色の元は柑橘類の一種で正月飾りなどに使われるあの果実のダイダイ。他のミカン類同様に五枚の白い小花をつけ、熟すにつれて緑色から黄色そしてダイダイ色に変わっていく果実の皮が特徴的。しかし中身は酸っぱいことからスダチやユズなどと同じグループの酢ミカンに属しています。人は余り酸っぱいのを好まないようで、多くの人は食べようとしないミカンがダイダイ?
この世という自然界で人や植物が一定であり続けるのは難しく、
先に紹介した酸味と苦味が強いダイダイ色のダイダイの果実は冬を過ぎても木から落ちず、翌年の夏に緑色に戻り数年は枝についたままの状態が続くらしい。古い果実と新しい果実が同じように一つの木になることから“代々”という漢字でも表記されています。非時香菓がダイダイなのか橘なのかは分かりませんが、どちらもいい香りがする柑橘類の一種。新羅の血を引いていた田道間守と日本の伝統ある血を受け継いでいた垂仁天皇の関係は出身国を超えた大きな友情が感じられます。信頼できる右腕を得た垂仁天皇と右腕になろうと努力した田道間守はもしかして先祖代々で深い交流があったのかもネ。その二人の深い友情が表面化した話が非時香菓に関する伝説として今日まで語り継がれてきたように思います。
神産みの最後に産んだ迦具土神により陰部に火傷を負ったのがイザナミノミコト。
火傷の痛みにもがき苦しむ中でイザナギノミコトが単独で誕生させた神は二組の男女ペア神と一組の女同士の神でした。死に瀕したイザナミノミコトの嘔吐物から生まれたのが金山彦神と金山姫神の男女ペア。食べたものが消化されず口から吐き出された嘔吐物に対して、胃腸でキチンと消化され肛門を通って排出された糞から誕生したのが土神“埴安彦と埴安姫”。そしてイザナミノミコトの尿から生まれたのが男女ペアではなく女女ペア神“ミズハノメ&ワクムスビ”。
ミズハノメとワクムスビを産んだのはイザナミノミコト一人だったのでトヨウケビメに祖父はいません。これらの話から判断すると女系家族から誕生したのが天照大神の食べ物を受け持つことになる豊受大神ということに・・
羽衣を奪い隠した末、10年間をともに暮らしたトヨウケビメを突然追い出す無神経な老夫婦の意図は何なのか。
そしてこのような経緯があったトヨウケビメを丹波国から伊勢国の度会(わたらい)に遷宮させたのが日本の中心にいた天照大神。記紀にはこのような話は記されていませんが、天照大神が自分のパートナー的存在に選んだのは女神・豊受大神。羽衣を隠され故郷に帰れなくなったトヨウケビメは住む家まで失う羽目になりながらも老夫婦と争うことなく漂泊の旅人になりました。そんな女性を放っておかなかったのが日本を導くリーダー女神・天照大神。
古事記の方はイザナミノミコトの尿から生まれたのがワクムスビとしていましたが、日本書紀はイザナミノミコトを死に追いやった迦具土神と死ぬ間際に産んだ埴安姫との間に生まれたのがワクムスビとしています。ワクムスビは燃えて灰になったものが土に戻るという循環システムの最後の段階で生まれているように思います。オオゲツヒメや保食神のように一度死ぬことで再生され新たな命(食べ物)が生まれたように、ワクムスビも頭から蚕と桑、臍の中からは日本人の食の根源ともいえる五穀を生じさせました。
女系家族出身のトヨウケビメは天照大神の食べ物を料理することでナグ心境になったのでしょうか。
また料理ができるということは危険な火を扱えるということにもなるので、生まれてすぐ父親に殺された迦具土神の生命が宿っているようにも思います。日本書紀第二の一書にも迦具土神と埴安姫の間に誕生したのが豊受大神のママになるワクムスビでした。再生能力を秘めた女性(ワクムスビ)が単独で産んだ可能性がある豊受大神。
水の神ミズハノメとワクムスビの女性コンビから誕生したという話(古事記)も思い出すと、豊受大神のルーツは完璧な女系家族という結果に落ち着きました。
旧約聖書創世記が記す宇宙の始まりは“天地創造”という言葉で表現され、神は暗闇の中から昼を誕生させました。無という暗闇から明るい光を生み出した神の初めての言葉が「光あれ」。この世に具現化させるチカラを持つ神の言葉は絶対的パワーがあるようで、“光あれ”と神が言ったのでこの世に光が生まれました。
海を航行する乗り物は船・・空を飛行する乗り物は飛行機。そして宇宙を移動する際に乗る乗り物は宇宙船・・ということから想像すると宇宙は海? 神が二日目に発した言葉は「水の中に大空あれ 水と水を分けよ」。もともと宇宙全体が“水”だと判断すれば神の言葉や宇宙船という名称にも納得できる。
宇宙を示す水を分離させてこの世に誕生させたものが大空。単純に考えると大空は水? そういえば雨は空から降るよネ! 水の惑星と呼ばれる地球に生き物が発生したのは水があったから。人間も含めて水がなければ生きてはいけない生き物たち。
地球の約7割を占める海の塩辛い水は生き物が生きるには不適で、川や湖あるいは地下水など淡水が命の水の役割を果たしています。“水と水を分けよ”という神の天地創造の根源にあるのが水ということになり、空(天)も地も水によって構成されているのが地球という理解でいいのカナ。
天から降った雨水は地中にしみ込むか水蒸気として天に上昇するかの道を選んでそれぞれの水の旅は続きます。こんな水の旅を象徴させているのが日本書紀の“天地開闢(かいびゃく)”説。 もともと一つのものだった天地(混沌)が陰陽に分離して天と地がなったという話を展開する日本書紀は清浄なものは上昇して天に、重く濁ったものが大地を形成したとしています。天に上昇するのは気体になった水(水蒸気)、そして地を形成したのが大地にしみ込んだ重い水?
日本書紀が語るのは天と地の形成は陰陽が分離した結果ということになっています。ということは世界の始まりは天と地が交り合った混沌状態の性別不詳? 人間に例えると思春期を迎える以前の幼児期が考えられ、特に赤ん坊は男か女かの区別はつかない。宇宙の始まりは性別不詳の赤ん坊だった?
そんな一人の赤ん坊が成長して陰陽の分離で天と地に分離されたと仮定すると、自分の分身がこの世に存在するはず。自分が男(陽)なら分離された相手は女(陰)ということになり、水の旅は自分の分身を探すこと。しかし性が違うと目的地も異なるので永遠に出会えない。分身に出会うのに必要なことは性が同一にならないといけないんじゃないかな。
清浄さという共通点で陰の女性が男性化して陽の二人として出会うか、重くて濁った水同士の男性の女性化として出会うか二つに一つ。 どう考えても重くて濁った水同士というのは湿気過多で虫がわきそうで不潔。 健康的に自分の分身を探すには女性の男性化が手っ取り早い方法で、陽の男同士で出会うと清浄な二人として天に到達できる?
お茶漬けの友といえばウメエ梅干し・・しかし昔の人のこの言葉によると梅の核には天神が寝ているので気をつけろ!という表現がなされています。 おいしいオイシイと無闇矢鱈にパクついているとロクなことにはならない戒めが込められているように感じます。 そういえば梅と天神との親密な関係が表現された歌がありました。
東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春を忘るな
“匂草”あるいは“春告草”という別名を持つ花は梅。 暦がない頃の農家は梅の開花で農作業の準備を始めました。 いい香りとともに春の到来を教えてくれる梅を愛したのが平安時代の学者で政治家の菅原道真。
京の都から離れる際、愛する梅との別れを惜しんで詠んだのがこの歌。 道真の梅を愛する心が通じたのか、屋敷の庭に生えていた紅梅の木の一枝が大宰府まで空を飛びました。 左遷された道真を追って西方に飛んだのが“飛梅”という梅。
寒さに強い梅が目指そうとする方向は太陽を背にして進む西。
難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花
歌に詠まれた“この花(木の花)”というのは日本人好みの華々しく散る“桜”ではなく道真が愛した“紅梅”だと言われています。 他の生き物にとっての冬ごもりタイムが梅の春。 虫たちがモゾモゾ動き出さない状態の中で開花する梅は静かな時を求めてる?
梅の故郷は西方にある静かなトコロ。 紅梅に降り積もった雪が白梅の役割を果たし、冷たい雪と紅い梅が一体化した景色は美しい。 飛翔力を持つ梅の故郷は雪で覆われた白い国。 そんな紅梅を愛した道真は死後 雷神になって都の人々を恐怖に突き落としました。
我が園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも 大伴旅人