オモイカネは動かない

             

高天原でモノゴトが困難にぶつかった時、必ず登場させられているのが “オモイカネ神”。 誰を使って何をさせるかという的確な判断力を身に付けていたオモイカネ神は、天照大神を初めとする八百万(やおよろず)の神々からも厚い信頼を得ていました。 古事記に表記されている彼(?)は 故郷が常世国の可能性がある “常世思金神”。

日本書紀は “思兼神” と表記し、一つの思いだけではなくいくつかの思いを同時に兼ね備えている神のイメージが感じられます。 さらに続く日本書紀の記述は “思慮之智” そして “深謀遠慮” の神とされ、目先のことだけではなく遠い先々まで考える知恵を持っていた神という風に表現されています。 将来の設計図を頭の中で描き、その将来を読むことができたのがオモイカネ神ということ?

オモイカネ神が解決に当たった最大の難局は、天照大神が弟の粗暴さに苛立ち天の岩屋に隠れてしまったことから発生した光のない暗闇(夜)世界がずっと続いていた時。 そんな非常事態に向き合い多くの神々に指示を出したのがオモイカネ神で、周囲の神々は全員この神に従い行動しています。 その後 葦原中国を偵察する際も誰をスパイとして送り込むかという人選も彼によって成されました。 状況を一つの角度から見るだけではなく、あらゆる方向から見定め選択できる多くの目を持っていたように思います。
 
特に洞窟に隠れてしまった天照大神を暗い世界から引き戻すため、多くの神々がオモイカネ神によって呼ばれ仕事を与えられました。 その中で特に印象深いのは神懸りになった(させられた?)アメノウズメが乳房をさらけ出して踊り舞ったこと。 円筒形の桶をひっくり返してその上に立ち滑稽なダンスをしたことが天照大神の興味を引き、天照大神が顔を覗かせた瞬間にコチラに引き込んだという話の展開になっています。 一度はアチラに行ってしまった天照大神がコチラで再生するキッカケになったのが、神懸りした女性の乱舞。 天照大神が興味を持ったアメノウズメを見る目は男それとも女?

またそこに居合わせた周囲の神々の笑い声に気を取られて思わず顔を出したのが天照大神という物語になっているので、太陽の女神はオモシロイことが好きだった?  一方 顔を隠す原因になったのがスサノオノミコトの粗暴さ。 これらのことを考え合わせると天照大神の好き嫌いが見えてくる感じ。 すなわち天照大神の嫌いなタイプは粗暴な男・・ 好きなタイプは神に憑かれたように情熱的なヌードダンスを誰にでも見せるオモシロイ女?  そんな彼女の性癖を何故か知り得てアメノウズメに滑稽ダンスをさせた張本人がオモイカネ神のような気もします。

その後 高天原から天孫ニニギノミコトが葦原中国に落ちる際に随伴(五人)したのが、洞窟に隠れた天照大神を引っ張りだすのに活躍した神々。岩戸の前で祝詞を唱えた “アメノコヤネ”。 鹿の肩甲骨を焼いてそのヒビ割れで吉凶を判断する太占(ふとまに)を実践した “アメノフトダマ”。勾玉作りの祖と考えられる “タマノオヤ”。  三種の神器の一つ八咫鏡の製作をオモイカネ神に依頼された “イシコリドメ”。 そして乱舞ヌードで周囲の神々を笑いの渦に巻き込んだ “アメノウズメ”。 ニニギノミコトに付き従った五人は岩戸に隠れた天照大神を引き戻すのに尽力した神々で、彼らを人選したのはオモイカネ神。
    
このように多大な影響力を持つ常世国在住のオモイカネ神もまたニニギノミコトに随伴した神の一人でしたが、この話以外に信濃国に落ちたのがオモイカネ神とする説を唱えているのが先代旧事本紀。 海に囲まれた島国の日本で、周囲が陸地ばかりの大和国に似た場所に落ちてきたのがオモイカネ神。 その信濃国で阿智祝の祖になったという話。 オモイカネ神はアッチ組?  多くの神々を呼びつけ彼らを動かすことができた知的なオモイカネ神は、コッチを選ばず選んだのはアッチ(阿智)。

オモイカネ神とその子ウワハルを祀る阿智神社が長野県下伊那郡阿智村昼神という地に鎮座しています。 鎮座地の “阿智村” は長野県の最南部に位置する温泉郷で、昼神温泉としてその名が知られている名湯。 明るい昼を表す昼神と同時に、親に捨てられた蛭子のヒルを使うと蛭神になりくっ付いたら離れない神がヒルカミ?  そんな場所を選んで落ちてきたオモイカネ神はボンヤリしたひと時を過ごす温泉ファン?  神々を仕切ることができる賢さを兼ね備えていたオモイカネ神は、温泉につかりながらアレコレ思いをめぐらせる空想が好きな神なのかも。 心地よい温泉にくっ付き、その場から離れようとしない傾向を持ち合わせていたとも考えられます。

ジタバタが嫌いで面白くアレンジする能力に長けていたオモイカネ神の演出で、天照大神はコチラに呼び戻されました。 配役選定から何を演じるかまで演出することができたオモイカネ神は、阿智で温泉につかっているだけ? オモイカネ神の意志に従ってアチコチ振り回されているのがコッチ組の人たち? コッチとアッチを比べれば、やっぱり楽なのはアッチ。 常世国を住まいとする神がこの世の住居として選んだのは、海ナシの陸地でしかも湯が湧き出る温泉。 一日じゅう特に何もしないで空想して遊んでいるのがオモイカネ神の仕事かな?      

温泉の在り処を知る鳥

                

温泉発見伝説に必ずと言っていいぐらいに登場する白鷺は、コウノトリ目サギ科の鳥のうち 全身純白色で写真のように 頭部や胸元(首)に生えている蓑毛(みのげ)と呼ばれている毛を持っているのが特徴です。 足に傷を負った白鷺が、毎日どこからともなく飛来して足を浸しているのをその地域の人が見つけて 温泉発見という筋書きがほとんどで、見方を変えれば白鷺は沼地のような水がある所を好むということが分かります。

一方カラスは眠りこけた人の道案内はできても、行水が定番なので温泉発見に至ることができない鳥。 カラスの黒い羽根はどんなに磨いても白くなることはなく、初めから磨かなくても白い羽根の白鷺は 生まれつきの幸運に恵まれています。 しかしカラスの糞は白色!

“カラスの白糞” というコトワザがあり、“意外なこと” を意味しています。 でも落ち着いて考えると一般的に鳥のウンコは白く、カラスも外見は黒いけれど鳥なのでウンコが白いのは当然。 カラスの白糞は意外でも何でもなく鳥ノウンコは白くて人間のウンコは茶系のババイロ! 昼はゴミ漁りをして汚らしいし、いつもママを呼び続けているような鳴き方はウルサイ。 生まれつき黒いカラスが落ち着いて休めるときは、自分と同じ黒い闇夜しかなさそう・・
     
さて “温泉見つけ隊” のリーダーである白鷺は何故 足に傷を負ったのかを想像してみました。 何らかの事情で白鷺が詐欺を働いて誰かをだまし、その相手にどこにも逃げられないように足に傷を負わされたのではないか・・ 足が痛いと歩きにくいので、カカシのように一本足で立たされることを強要された?

しかし白鷺は人間と違って鳥・・だから足の傷が癒えさえすれば、飛び立ってしまう可能性があります。 人間なら足を折られると自分の足ではどこにも行けないけれど、鳥は飛ぶことができる羽根をもっているので 足が治癒すればその場に留まることはなさそうです。

そして自分の傷ついた足を癒す温泉がある場所を本能的に嗅ぎ分ける能力に秀でているようです。 伝説ではどこからともなくフラフラと飛んできたらしく、羽根は傷を負っていなくて足だけに傷を受けていたことが想像できます。 足が痛かった白鷺なので途中で着地することは考えられず、長い間飛び続け疲れきっていたのではないかと思います。 そんな状態の白鷺が、自分を癒してくれる場所に選んだのが温泉! 
          
温泉に服を着たまま入る人はなく、みんな裸になるのが温泉です。 寒くてたくさんの衣類を着なくてはいられないような世の中で、服を脱いでも寒さを感じなくていい場所が温泉。
        
雪客(せっかく)という言葉があり、意味は漢字そのまま雪の日にやって来た客で 鷺のことを “雪客” とも言います。 雪の日にやって来る客をイメージすると、ブルブル震えている様子が感じられます。 人を信じても裏切られることが多い世の中で、せめてひとときを温泉で過ごしたかったのが白鷺。

詐欺とは人を欺く裏切り行為で、騙された側は詐欺師を許すことはできないはず・・ だから せっかく雪客が温泉を発見しても、白鷺はその地に長く留まることができなくて 騙していたことがばれないうちに その地を離れなければいけなかったのではないかと思います。

栃木県河内郡上三川町しらさぎという地に白鷺神社があり、白い鳥になって飛び立ったと伝わるヤマトタケルが祀られています。 父(景行天皇)の命令に従い西へ東へと駆け回り、最後に近江の伊吹山で霧の中で迷い傷を負いました。

いつも果敢に戦場に赴いたヤマトタケルが、最後に自分自身を休めるために求めたものは 傷ついていた心を温めてくれる温泉。 凍りつきそうな世の中で ひとときの安らぎを与えてくれる温泉発見伝説に出てくる白鷺(雪客)は、ヤマトタケルの化身だったように感じました。   

火中出産で生まれた子



“温泉津”と書いて【ゆのつ】と読む温泉が島根県大田市温泉津町(石見国)にあります。 和名抄に“ゆつのさと”と記されている温泉津町は、戦国時代から江戸時代にかけて 石見銀山の積み出し港(津)として栄えた町で その“津”近くに温泉が湧いたことから温泉津(ゆのつ)温泉と名付けられました。

銀で経済的にも潤いタヌキが発見したという伝説が残る湯場は、誰しもが居着きたくなるような土地なのでしょう。 お金になる銀山を巡る争いがくり返され、戦乱の世を象徴するかのように多くの城が築かれました。 その築かれた多くの城の一つに“物不言(ものいわず)城”という名の城が現在でも残っています。 場所は温泉津町福光にあり、物不言城は“福光城”とも呼ばれています。

古事記に語られていた垂仁天皇と狭穂姫との間に誕生した子・本牟智和気(ほむちわけ)命の伝承が、物不言城に残っています。 夫・垂仁天皇を裏切った狭穂姫は火中で出産し、その後ホムチワケを垂仁天皇に託して自分の命を火の中に捨てました。

古代における火中出産というのは、女性が先のことを考えない覚悟のうえの出産であるように感じます。 コノハナサクヤヒメも自分の子の父親をダンナに疑われたために、火中出産をして疑いを晴らしました。 信じていたダンナに疑われたコノハナサクヤヒメの怒りが爆発したのでしょうね。 狭穂姫の場合は少し違っていて、先に自分の裏切りがあったので 夫であった垂仁天皇への愛のようなものだったと考えます。 このように女はイザとなれば強いのです。 古代も現在も・・多分これからも・・

さて自分の命と引き換えに出産した狭穂姫の一人息子・ホムチワケノミコトに関する伝承が、以下のように伝わっています。 『ヒゲが胸元に達するぐらいの年齢になっても言葉を発することなく、赤子のように泣いているだけのホムチワケを 心配し気にかけていた垂仁天皇がある日、尾張国の二股に分かれた杉で二股船を作り それを池に浮かべてホムチワケと一緒に遊んでいたときのこと。 空を鵠(くぐい)が飛んでいくのを見て 今まで何も喋らなかった子が何かを言いたそうにしたので 垂仁天皇はその鵠を捕まえるように命じました。 捕まえられた鵠を目の前にしても、まだ何も言わなかったホムチワケ。

結局 垂仁天皇の夢に現れた出雲大神がモノ言わぬホムチワケの要因になっていることが分かり、息子を出雲に向かわせ出雲大神を拝すると喋れるようになった』という話。

出雲大神のルーツはもちろんスサノオノミコト・・高天原から命じられた追放のおかげで
泣き続けているだけのメソメソしたスサノオノミコトから、大酒飲みの八岐大蛇を退治する強き男に大変身を遂げました。 泣き続けたのはスサノオノミコト・・何も喋らなかったのはホムチワケ。 ともにヒゲが胸元に達するまでという共通点を見いだすことができます。

ホムチワケは愛する母を失い、死んでしまった母を思いつめることで口が利けなかったとも考えられます。 出雲大神のスサノオノミコトも死んだイザナミノミコトを追いかけて泣いていました。 二人に共通する傾向は母親を一番に求めていることでしょうか。 年齢に躊躇することなく、自分の母の真実の姿を知りたくてたまらないのがこの二人! 二人ともヒゲが伸びて胸元まで垂れ下がる状態になっても、人目を気にしないで泣いているというのは いいほうに考えてあげれば母性をくすぐるボクチャンタイプ!

スサノオノミコトが英雄に変身するストーリーは有名だけれど、ホムチワケのその後が伝わっていません。 手がかりは、古代においてはクグイと呼ばれていた白鳥にありそうです。 各地の湯場に伝わる白鳥伝説(傷を負った白鳥がこの温泉で傷を癒した)などを想像すると、温泉は白鳥にとって何よりも憩いの場だったと思います。
        
何も話せなかったあるいは話そうとしなかったホムチワケは、白鳥と同じようにどこかに傷を持っていたのでしょう。 その傷を癒すために必要だったのは暖かい水・・生まれたときからすでに母はなく、父親だけでは満たされなかったホムチワケは 母を感じることができる温泉に触れてしだいに回復していきました。

出雲大神の仕業であると語られていたホムチワケのダンマリ状態は、いつも母と一緒にいたかったという無言の要求だったのかも・・ホムチワケの伝承が残っている物不言城は温泉津町福光にありました。 “ゆつのさと”と呼ばれていたこの地は“斎(ゆ)つ(神聖な)の里”で ホムチワケでなくても誰しもがココを離れたくないような場所だったと思います。

由布岳の神はつかみにくい



現在の九州は七つの県で構成されているけれど、かつては筑後・筑前・肥前・肥後・豊前・豊後・日向・大隅・薩摩の前と後ろに分かれる県が多く 宮崎県は日向だけ そして鹿児島県は大隅と薩摩で他の県はすべて前と後ろに分かれて構成されていました。

この豊国の後ろを受け持つ豊後国(現在の大分県)に由布岳(豊後富士)がそびえています。 東と西の二つの峰からなる山の麓には湯布院温泉があり、観光地としても魅力ある場所。 この地域は山に囲まれた盆地でこんな伝説が語り継がれてきました。

昔は盆地ではなくすべてが水に覆われた大きな湖だったという話から始まります。 その大きな湖を由布岳の神である宇奈岐日女神が水を乾上がらせて 人々が住める土地にしようとしたところ 湖に棲んでいた龍が自分の居場所がなくなってしまうので 少しだけでも湖を残してほしいとこの龍に懇願されました。 そこで宇奈岐日女神が残した湖が現在の金鱗湖であるというストーリーです。

伝説や祭りに多く取り上げられているのが 乾くか湿るか・・季節でも冬は乾燥して夏はジメジメしているようにモノが腐りやすいのは夏! 虫も発生して不潔感が増すのもやはりジメジメして湿気が高いことが原因の夏! そんなヌルヌルを吹き飛ばすため食べるのは鰻。
       
この伝説に登場している龍は、どちらかといえば乾いているより湿っているほうを好んでいます。 宇奈岐日女神は水を奪ってしまうので乾燥好みで虫嫌い! 由布岳の南西に位置する金鱗湖のさらに南西に 虫嫌いの姫を祀る“宇奈岐日女神社”があります。 通称【六所宮】あるいは【木綿(ゆう)神社】と呼ばれています。 古代の祭りで木綿を幣(ぬさ)として榊につけて祈る風習があり木綿の神聖さを示しています。 しかも温泉の名前は湯布院できっと神聖な温泉地なのでしょう。
 
さて宇奈岐日女神が棲むという由布岳を水面に映す金鱗湖は湖底から温泉と冷泉が湧き出る湖で 冬には温泉の湯気が立ち昇るように幻想的な霧に包まれる金鱗湖を出現させてくれます。 温度差がある湯と水が同じ一つの湖から湧き出ていることの不思議さとともに
目には見えない湖底の神秘が霧となって私たちに見せてくれる事実はやはり神の領域。

宇奈岐日女は“うなぐひめ”と読み【うなぐ】とはうなじ(頚)に玉などを掛けることを意味しています。 また陸のことを“ろく”とも読み“六所宮”というのは陸地を創った神を祀るという風に解することができます。 人は肺呼吸で生活するため魚類のように水の中で息をするのはエラい(しんどい)ので、やはり人間にとって生きていける範囲は陸地に限られています。

しかし由布岳のような高い山になるとその全容を水面に映すため 湖の中にも山があるような錯覚に陥ります。 山の神であるはずの女神の名前が宇奈岐日女というのは実態が霧のようにぼやけて つかむことができない謎を秘めているようです。 宇奈岐日女の真実の姿は金鱗湖に棲むという龍のようなウナギ?

イザナミノミコトが葬られた場所



  春風に 木すゑさきゆく 紀の国や ありまのむらに かみまつりせよ    
この歌に詠まれた“ありまのむら”とは現在の三重県熊野市有馬町のこと。 日本書紀ではイザナミノミコトは最後の最後に産み出した火の神・カグツチに陰部を焼かれて亡くなり 紀伊国熊野の有馬村に葬られたと記されています。 熊野灘に面して立つ“花の窟(いわや)神社”のある辺りが葬られた場所で、今日に至るまで社殿はなく断崖絶壁の巨岩が御神体とされています。 ところで熊野市って三重県?という疑問がわきました。歌にも日本書紀にも“紀伊国熊野”と記されているのに・・想像すると 古代日本では紀伊半島全体が一国として成立していたのが紀伊国だったのかな。

一方 古事記では出雲国と伯耆国(伯伎国)の境にある比婆山に葬られたことになっています。 標高330mの比婆山テッペンに熊野(久米)神社が鎮座しています。 どちらかといえば低い比婆山と熊野神社ねえ・・フ〜ム ヨウワカラン。 また山中にはイザナミノミコトの墓があるとも・・日本書紀と古事記に記されたイザナミノミコトの墓があると伝わっている二つの場所に もし繋がりがあるのなら、昔から鬼門と怖れられている北東方向から南西方向に伸びる線を 遮断するように(交差するように)北西方向から南東方向に伸びています。 鬼の立ち入りを禁止しているのがイザナミノミコトの二つの墓?

またややこしいことに、比婆山という同じ名前でしかも同じ漢字の山が広島と島根の県境にあり こちらは標高1264mの高い比婆山で頂上ではなく麓に熊野神社がありイザナミノミコトが祀られています。 東西につながっている島根県と鳥取県の境は低い比婆山 それに対して南北につながっている島根県と広島県の境は高い比婆山 イザナミノミコトが祀られている場所は低い山のテッペンと高い山の下 どちらがどうということはないけれど見晴らしは断然東西の境界に立つ比婆山のテッペン!

かみまつりせよと歌に詠まれた紀の国にあるとされる熊野 熊野と書いて【ゆや】とも読む熊野 “ゆや”は湯屋・・疲れを癒す温泉でイザナミノミコトの最終目的地はきっとココ! 古事記の時代に比婆山に葬られたイザナミノミコトの魂は 日本書紀の時代になって南東方向に移動して熊野の有馬村にたどり着きました。 夫のイザナギノミコトと多くの島々さらに神々を産み、疲れ果てたイザナミノミコトの魂は 日本海に面していた比婆山の山中から抜け出し ちょうど反対方向の熊野灘から太平洋を臨むことができる場所に変わりました。 その向こうに見えるのはイザナミノミコトが求めた湯屋に似た場所。

蒸気と常軌



煙が立ち昇る街として知られている別府市は日本一の湧出量を誇る別府温泉があります。別府八湯と呼ばれているように 同じ別府市内にありながらそれぞれ泉質が異なることからこのように呼ばれています。 その八湯の一つ“鉄輪(かんなわ)温泉”は特に煙が充満していて かつては近寄ることもできないほどに 人々から忌み嫌われ地獄とまで言われていました。 今でも温泉に鬼地獄や血の池地獄という名前が付けられていることから分かるように 別府市内でも特に大量に湯が噴出するところでした。

かつてこの地を訪れた一遍上人がその激しい噴出を利用して開発し 新たに温泉形態に加わったのが“蒸し湯” 今でいうサウナのことですね。 伝説では荒れ狂う地獄のように煙がモクモクしてイッペンに何も見えなくなってしまう状態を鎮めようと一遍が鶴見岳の神(鶴見権現)に問いかけました。 その昔 鶴見岳の爆発によって生まれたのが別府温泉なので親に尋ねてみたわけです。

鉄輪以外の温泉は石を投げ込むことで鎮まったけれど、この鉄輪だけがいつまでも荒げて全く噴出口が塞がらなかったのです。 そこで鶴見権現が一遍に言いました。
「ココは塞がなくてもよい。この激しい蒸気で蒸し風呂を造りなさい。」 蒸すという行為は体内の水分を蒸発させて汗と一緒に老廃物を取り除きます。

日本書紀に記された話によると敏達天皇の御代に高麗からカラスの羽根に墨で書かれた国書が送られてきました。 そこで帰化人の王辰爾が湯気で蒸したカラスの羽根に絹布を押し当てて写し取ることでその国書を解読しました。 高麗から日本に向けて発した墨の文字で書かれた国書は蒸す行為と柔らかい絹によって初めて意味がある国書となり その隠された想いは大和国に届きました。

カラスの羽根に書かれた文書は黒い羽根に黒い墨という黒ずくめの中からその隠れているものを探し出すことを要求しました。その対処法として選択されたのが 高温の蒸気すなわち常軌を逸した行動! 能の“鉄輪”に登場する女も常軌を逸した行動で京都の貴船神社を訪れました。 自分の熱い想いを冷ますためには清い水の神を必要としたのですね。そして夫とその愛人に裏切られた女はある面とても人間らしい行動を選び、自分のカラダに溜まった穢れを捨て去るデトックスに常軌を逸することで臨みました。

常軌を逸する行動は非難されるべきことではなく むしろ蒸気で見えなくなってしまっている視野をクリーンにするチカラを秘めていました。  

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