亀を考える

奈良時代(聖武天皇朝)に白亀出現の瑞祥で元号(年号)が養老から“神亀(724729)”に改元されたことがありました。その後、神亀から天平(724749))に改元されることになるのですが、その改元理由とされたのが文字(天王貴平和百年)を背負った瑞亀の献上でした。亀が背負うのはタローだけではないようで、文字を背負うのも亀の役目だったことが分かります。しかも特殊な亀の出現や献上で元号まで改められたということから考えると亀は神に匹敵する存在?

 
海底の龍宮を目指す亀もいれば、世の中の変革を示す元号に影響を与える亀もいるということですね。その神のような亀の特徴はまず色が白いこと、そして甲羅に文字が浮かび上がること。亀卜(きぼく)で吉凶判断に使われる亀の甲ですが、元号を変えてしまうほどのチカラを備えているのが文字を背負った亀。社会変革の兆しは背中に何か(誰か)を背負うのではなく、何らかの文字を背負った亀を見つけること?

 
また聖武天皇の前に在位(715724)していた元正天皇が即位する際も特殊な亀(瑞亀)が献上されています。元正天皇とは日本の女帝としては5人目になる女性で、皇后という立場で即位した持統天皇(祖母)や元明天皇(母)とは異なり生涯を独身で過ごしています。聖武天皇にとっては叔母になる女性が元正天皇で、この二人に関わっているのが瑞亀。退位後も聖武天皇を補佐し、後見人として甥の面倒を見続けていたとのこと。ヤマトタケルも叔母ヤマトヒメの援助で苦難の多い征伐に立ち向かうことができました。その点において似ていた甥と叔母の二人・・ 生涯独身だったのは甥の面倒を見るため?

 
瑞亀献上で即位した元正天皇の元号は“霊亀(715717)”で、亀にかぶせられた冠は神と霊。その霊亀&神亀のメッセージを受けて花開くことになるのが聖武天皇の時代を象徴する天平文化。唐の影響を強く受けた仏教的大陸的特色を持つ文化で、その代表的建造物が東大寺の大仏。さらに聖武天皇の勅願により全国に国分寺・国分尼寺などが建てられ、仏教色の強い文化が日本各地に幅広く浸透することになっていきます。その後、再び白亀が献上されて皇位に就くのが光仁天皇で、元号は宝亀。奈良時代最後の天皇となった光仁天皇(49代目)の子(桓武天皇)が都に選んだのが京都。父が都とした平城京は子によって放棄され、亀が文字として背負った平和百年も頓挫して終り。長く続かないのは今に始まったことではなさそう。


異次元の村

      “季語” とは歌や俳句で季節を表現するための定められた語のこと。
      『亀の子』 は “夏” を表し、 『亀鳴く』 は “春” を表しています。
                季節は春から夏につながるので、
        亀が鳴いたあとに亀の子が生まれるという風に仮定しました。
        亀が子を産む前に亀が鳴くとはどのような状況が考えられるか・・
           亀が子を産むためには鳴かなければいけなかった。
        声帯がないはずの亀が鳴く状況は、かなり切羽詰まっています。

                   

            亀鳴くや 皆愚かなる 村のもの     高浜虚子

村のある集団が、寄ってタカって鳴かない亀をいじめ鳴かしたような感じがします。 愚か者集団は亀を鳴かして春を迎えるサディスト? サディストに鳴かされた亀も愚か者の一味ってことになるのか・・ 鳴かないはずの亀が鳴いた村は、奇跡が起こった村または無理に奇跡を起こした村とも考えられます。 村の住人は愚か者のウマがあう “馬” か、詩歌が好きな “鹿” のどちらか。

亀の負担

          兵庫県明石市人丸町の人丸山に鎮座する “柿本神社”。
             東経135度の子午線上に位置しています。
    境内にデカイ石碑を背負った亀がいます。しかも表情は厳しく亀らしくありません。
       この石碑には意味不明の文字らしきものがドヒャーと刻まれていて、
              瞬時で理解すれば下の亀が動くんだって・・ 

                   

           石碑は亀が向いているのと同じ方向ではなく横向き・・
              亀の向きと石碑の向きは丁度直角関係。

           

            亀と同じ方向を向いていない石碑の文字を理解すれば、
              亀が動いて竜宮城に連れて行ってくれるの? 
              カメの負担になっていそうな石碑を乗せて、
             そこに文字を刻んだ人物は犬のような名前のタロー。

キトラ古墳の亀

          天の四方を司る四神(しじん)の一つが北を示す玄武神。
            玄武の漢字 “玄” の意味のように色は黒色。
               通常は亀だけで表わされていますが、
            キトラ(亀虎)古墳の内部に示された玄武神は
              蛇と亀が絡み合って表現されています。
    キトラ古墳の名前の一つになっている “虎” は白虎として白い西を表します。
                北に亀(黒) 西に虎(白)で、
        北と西を合わせてキトラ(黒白)という名前になっているようです。

                

         しかしキトラ古墳の壁画は、亀単独ではなく蛇が絡んでいます。
                  絡み方はハッキリしないけれど、
      亀の甲羅の上の方(空間)で蛇の頭と長い胴体をクロスさせているようです。

                   

   これ(上図)は京都の北方(紫野雲林院町)に鎮座する “玄武神社” の絵馬。
           この絵馬を参考にして観察すると見えてくるのは、
             後ろを向いて怒っているような表情の亀と
         亀のカラダをハガイジメにしてにらみ合っているヘビの姿です。
         キトラ古墳と同じように、蛇が円環を描いて亀と対峙しています。
              亀と蛇の表情は、どことなく似た感じ・・
           高松塚古墳の壁画も亀だけではなく蛇も一緒でした。
           
          かつて平安京を守るために北に配置されたのは船岡山。
        現在 標高45mの船岡山の山頂には明治天皇によって創建された
             “建勲(たけいさお)神社” があります。
           本来あるべき玄武神社は建勲神社の境内から外され 
          “船岡妙見社” という名の小さな祠があるだけです。
             玄武神社として船岡山にあってほしいのに・・
              妙見は動かない北極星のシンボルとして
           玄武を表しているという理解をするしかありません。

   しかし実態(キトラ古墳や高松塚古墳)は亀と蛇が絡んでいる図が北を示していて、
                 古代インドの宇宙観によると 
      大地を左右する最重要人物である亀と蛇が絡まっているということは
              どのような理解をすればいいのでしょう。
            こんな小さな祠で大丈夫なのかな・・心配です!

亀が支える宇宙

水平線の向こうまでいけば落っこちるのではないかとアホみたいに信じていた幼い頃がありました。 その頃は目の前に見えているものがすべてで、今見ている向こうには何もないという漠然としたもの。 陸地は大丈夫だけれど “海の向こうは怖い!” という恐怖感もありました。 今から考えると、自分の目では見えない世界だったことが大きく影響しているように思います。
        
     日本には八百万(やおよろず)の神がいて多様な宇宙が示されているように、
        日本に仏教をもたらした母国インドの宇宙観もやはり多様でした。

                

     上の写真は愛媛総合科学博物館にある古代インドの宇宙観を表したものです。

周りを丸く取り囲んでいるのは蛇で、鎌首を持ち上げて自分のシッポをくわえています。
二重になった蛇の上に乗っているのが亀の四本足。 そして、ずれ落ちそうな亀の甲羅の上に四頭の象が乗って半分の地球を支えています。 四頭の象が支えている半分の地球を乗せている亀は、この世のものとは思えないぐらいの巨大さです。
            
地球(大地)の中心には、須弥山(しゅみせん)と呼ばれる高い山がそびえています。
しかし写真を見れば分かるように、須弥山の上は空につながって開放されているわけではなく 蛇が自分の尾を口にくわえて門を閉ざしているように感じられます。 門を開けるには、蛇の意向が左右しているみたい・・

閉ざされた世界の門を開くには、蛇自身が自分の尾をくわえるのをやめるか 蛇に乗っている亀が飛び降りるか・・ いずれにしても地球に生きている私たちがもっと軽くなり 支えてくれている亀に負担をかけないようにすることが大切ではないかと感じました。

すべった亀

    日本の元号の一つ “神亀(じんき・しんき)” について調べてみました。
              724年から728年までの四年間が神亀で
   この元号に変わるまでは養老年間で養老八年二月四日 “白亀” 出現によって
           年号が神亀に変わったというように記されています。

二(に)と四(し)の日で二月四日は “西の日” とされ、西に向かうと幸運に出会えるとも・・ 聖武天皇の即位(724年三月三日)に伴って白亀が献上されました。

        その亀はとても小さい亀でカラダは白く(当然白亀だから)、
            赤い眼をした亀だったとか (え〜っ!) 
          それ亀なん? ウサギか赤目(魚)とちゃうのん! 
          もしかして兎(赤目)と亀が合体しているとか・・
    だからこの世に存在しないものの象徴として、神亀という元号があてられた? 
          白亀と聖武天皇とはかなり深い関わりを感じます。
     
“神亀” 以外に霊亀(元正天皇)・宝亀(光仁天皇)・文亀(後柏原天皇)・元亀(正親町天皇)など合わせて五つの元号に亀が用いられました。 夜明けの晩(どっちつかず)に、鶴亀の亀の方が統べる(すべる)役割を果たしました。

                   

何かを孕む亀腹

              

日本の塔で思いつくのは三重塔・五重塔そして七・九・十一の塔は余り知らなくて、十三重の塔は比較的多いように思います。 二重塔や四重塔はなく、日本の塔はほとんどが奇数である陽の数で建てられています。

奇数は割り切れないように このことにも幾分割り切れない気分!
しかし “多宝塔” と呼ばれている塔は、見たところ間違いなく偶数の “二重の塔” に見えます。 それに、他の塔より低いはずなのに “多” という漢字が使われているのも気になるところです。

キッチリ割り切れる偶数は陰の数。 天地の二元素の “陽” に対して “陰” は地・女・月・夜・静・柔などの性質を表します。 また奇数の塔は下から同じカタチの塔が重なっているのに対して、多宝塔は下が方形そして上が円形という異なるカタチのもので構成されています。 一般的に仏塔は、仏教伝来とともに日本にもたらされました。 
しかし多宝塔を形成する二層塔は、日本独自の形式で建てられたものでした。
    
多宝塔の丁度中央部にあるのが “亀腹” で、白い漆喰で塗り固められた円筒形部分をこのように呼んでいます。 亀腹をよく見ると、何かを孕んでいるようにモコッとしていて 妊娠している女性のオナカのようにも感じられるのですが・・ 割り切れる偶数で建てられた女性的な二重塔が、多宝塔であるように思います。

“孕む” といってもいろいろ孕むものによって、人に与える空気が変わります。
たとえば、誘惑・可能性・リスク・風・子・矛盾・・・風を孕むと帆船がイメージされます。 
周りは何の目印もない海を舞台に方向を見定めるためには、風の動きを読まなければいけません。 また和船(木の船)で、帆柱の根元を差し込むために船底に取り付けられた受け座を“子持”と呼びます。 この箇所も外見的には見えませんが、船の進行にはとても大切!

陰で努力や苦労をしてくれている人のことを “縁の下の力持ち”と言いました。 人の交わりの中で、縁の下の力持ちに出会うことができれば 船は目的地に到着できるはず。
      
見えないけれど陰で力になって何かを孕んでいそうなのが “多宝塔”。
たとえリスクや矛盾が孕んでいても自分の心に従って突き進んでいく人もいます。
甘い誘惑なら殿方の媚薬になって若返りパワーが発揮されるかも!
風・可能性・子などは生きていくうえで大きなエネルギーになる要素なので、孕んでいる方がいいのでしょう。 このように孕んでいるものは外側からは見えません。

外見的に多宝塔を観察すると、上層部の屋根の上に相輪を立て四隅に鎖をかけて 華やかな装飾が施されています。 日本では平安前期から造られ 現存するものでは鎌倉時代建立の石山寺の多宝塔が最古のものとされています。

ここは紫式部が女たらしで有名な光源氏を主人公にした源氏物語の着想を得た場所として知られています。 やはり男と女の秘密が隠されているような・・・クンクン
          だって本堂と多宝塔は日本国の宝なんですよ!
亀腹を支えているのは、縁(円)の下の力持ちの役割を担当する地に着いた方形。
多宝塔のオナカ(亀腹)に孕まれている宝物は、すぐ下にくっついて縁の下の力持ちがいてくれたから・・  

亀の甲を磨くと・・

         

古代に行われた占いに太占(ふとまに)と亀卜(きぼく)がありました。 太占(太兆)は鹿の肩甲骨を焼いてその面に生じた割れ目の形で吉凶を占います。 同様に亀の甲を焼いてその割れ方で吉凶を判断するのが“亀卜”のシステム。 六角形の模様になった亀の甲を焼いて水で急に冷やすとヒビができます。 そのヒビのことを“兆”と呼び兆候を占うということになるのでしょう。

亀は背だけではなく腹にも甲羅があり、危険を避けるときは頭・尾・四肢は両面の箱状の甲羅の中に身を潜めて隠れます。だから亀の安全を敢えて脅かすことが必要とされた? 何のために? 身を守るべき甲羅を焼かれた亀は隠れる場所がないので亀の動向を探ろうというものかもしれません。 自分の家を焼かれた亀はどうするのか? 答えは仕方がないということでしょうか。

滋賀県彦根市金亀町に“彦根山”と呼ばれている山があります。 伝説ではその彦根山にかつて藤原房前によって建立された彦根寺という寺がありました。 淡海公と呼ばれた藤原不比等の子が房前なので時代は奈良時代になります。 彦根寺の本尊とされたのが黄金の亀の甲に乗った聖観音だったという話。 彦根山は金亀山(こんきやま)という別名を持っていて根気よく歩みを続ける亀をシンボルにしています。 現在では住所にそのナゴリが示されているだけで彦根寺を目にすることはできません。

そして金亀山に祀られていた神が“活津彦根命(いくつひこねのみこと)” 彦根という地名の由来はこの神によります。 活津彦根命というのは天照大神とスサノオノミコトの誓約で生まれた天照大神の四番目の男の子で 天照大神の左手に巻いていた玉から生まれています。 ギッチョでなければ利き手ではない方の左手から生まれた神で 聞き手の役割を果たさない・・すなわちウンウンと聞いているだけではない人柄であるような・・そこから導き出される人物像は自分で自分の物語を創れる人。

中国の伝説で東海中にあって不老不死の地とされる霊山を“蓬莱山”と呼びました。 この常世の国に似た蓬莱山を支えているのがナント亀。 金亀山にあった彦根寺本尊の黄金色に耀く亀の甲に乗った聖観音に当てはめると 根気よく亀の甲を黄金色に耀かせて金亀にすることができる人が蓬莱山に行けそうです。 “亀の甲より年の劫”の言葉の意味を深く掘り下げると、亀の甲を輝かせると未来永劫の“とき”を手に入れることができるのかもしれません。 どうでもいいことだけれど浦島太郎は亀の甲を磨かずに乗っただけの人でした。 だから蓬莱山には行くことができなかった?


亀の背に立つそれとも座る?

             

亀の背はかたい甲羅に覆われているうえ丸〜くカーブを描いているので 立つか座るかで状況はかなり異なりそうです。 立つ人はたぶん転がり 座る人だけが亀の背に乗せてもらえそう・・浦島さんは立たずに座ったから 亀の背に乗って竜宮城に行きました。 もしかしたら亀が首をキリンのように長く伸ばして太郎さんを誘惑して乗せたのかもネ。 そう・・あの美しい世界をタロー(犬みたい)に見せるために・・・美味しいモノをタント食べて 寝たいだけ寝て やりたいだけやって もちろん仕事もしなくていいトロトロの海の中。 堕落と補陀落の境界は紙一重!

そんな亀の心を理解せずにタローは極楽の世界(深海)に飽きて陸地に戻ってきてしまいました。 あとは白髪(しらが)の爺さんへの道が一直線に続いているだけでした。 龍宮城に戻りたくても亀がいない! 乙姫サマは次の男をもう見つけているかもしれない ウジウジ せっかく立たずに座ったのに・・

浦島伝説が語り継がれている地域として有名なところは丹後半島の伊根町・網野町それに鹿児島県長崎鼻・香川県の荘内半島 意外な所としては長野県木曽郡の寝覚の床。 特に丹後半島と荘内半島は海に突き出た半島・・長崎鼻も人の鼻のようにチョコンと突き出ていますね。 完全な島にはなりきれなかったということで半分の島。 では完全な島になるためにはどうすればよかったのか?

浦島太郎の本名は“浦嶋子”(男か女かハッキリしない名前) もし龍宮城から帰らずにそのまま乙姫サマと暮らし続けていれば島になっていたかもしれません。 そりゃそうでしょ・・世の中こんな野郎は相手にされません。 仕事もせずにグータラして自己管理能力“ナシ”の烙印をペッタリ背中に押されて社会から押し出されてしまいます。

もしタローが乙姫様と仲良く暮らし続けていれば、大地から離され島になっていた可能性があるのでは? 世間でよく言う“社会逸脱行為” 島を英語で言うと『アイランド(island)』・・ズバリ “愛の国” だから島になるためにはそれなりの覚悟と度胸がいるのです。 島になりきれず半島にとどまった浦島太郎は中途半端のどっちつかずで 現代の私たちにその名を残しています。      

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