高天原から葦原中ッ国を偵察するために送り込まれた神は、アメノホヒとアメノワカヒコ。 同じ高天原出身だった二人が辿った道は、全く異なるものでした。 アメノホヒは天照大神が右の角髪につけていた勾玉から生まれた第二子で、高天原に復命しなかったにもかかわらずオカミの咎めはなく、その後 異国の出雲国で生き残りこの地域の祖神にまでなりました。
状況はアメノホヒと似ていて高天原に復命を果たさなかった結果、オカミに殺されたのがアメノワカヒコで 二神のこの差は、高天原が待っていた年数が大きく異なっています。 高天原というオカミがアメノホヒを待った年数は三年で、アメノワカヒコは八年という長い年月を待ち続けていました。 高天原関係者は、余程アメノワカヒコを信じきって待ち続けていたことが分かります。 諦めず待っていた年数が長ければ長いほど、アメノワカヒコに対する苛立ちも大きかったことと思います。
アメノワカヒコを漢字で書くと 『天若日子・天稚彦』 で年齢にこだわっているような名前。 少なくとも年齢は若く未熟(幼稚のチ)な感じがする名前がアメノワカヒコ。 彼の出自は天国玉(あまつくにたま)神の子で、思兼神が八百万の神々と相談の結果選んだ人物でした。 親は一人だけという理解でいいのでしょうか? しかも天国玉神の系譜は分からないという狐につままれたような話。
神々が寄ってタカッテ選び抜いたはずのワカヒコは何者か分からない・・ かろうじて父親の名前だけが確認されているだけで、これまた狸に化かされているような話。
高天原を構成する多くの神々の意思で選ばれたアメノワカヒコはどうして殺されたのか? 彼は高天原から遣わされた際に持参していた弓矢を使ったことが 殺される要因だったように思います。 なぜならその弓矢(天鹿児弓と天波波矢)には ある設定が成されていました。 異国で悪い神を射抜くために使用するなら自分に危害が加わることはないけれど、自分の出世を優先させて邪魔者を消すという邪心で使えば、その矢は高天原に届いて返し矢のシステムで殺されるというものでした。
結局 アメノワカヒコは自分が不快に思った雉の鳴女を射抜いたことによって、その返し矢で殺されます。 雉の鳴女の出身は高天原だったので、同国の鳥(キジ)を射抜いたことになります。 アメノワカヒコは出雲国で大国主神の娘シタテルヒメ(下照姫)を妃に迎えていました。 シタテルヒメは愛する夫を突然失い、彼女が泣き叫ぶ声は風に乗って高天原にまで届きました。 その悲痛なシタテルヒメの声を受けとめたのが天国玉神とその家族の人たち・・ 彼らがアメノワカヒコの死を悼んでお葬式を催すことになりました。
古事記にアメノワカヒコの葬儀の様子が詳しく記されています。 まず葬儀に携わっているのはすべて鳥で、初めに喪屋を建てて五種類の鳥たちがそれぞれの役を受け持ちました。 鴈・鷺・翡翠(かわせみ)・雀 そしてワカヒコが矢で射抜いたと考えられる雉が泣き役を担当しました。 マザーグースの “誰が駒鳥を殺したの?” にチョット似た感じがします。 英国の古い伝承歌であるマザーグースと日本神話の根源は、どこかでつながるのかもしれません。 そして八日八晩の間 歌って踊って遊ぶというメキシコの骸骨のような楽しい世界が展開しています。
これらのことから考えるとアメノワカヒコは、鳥に人気がありそうです。 幼いイメージのアメノワカヒコは、鳥たちの母性本能を目覚めさせる少年のようなタイプなのかも・・ ワカヒコが帰ってくると信じて、八年も待とうとする高天原の態度も幾分理解に苦しみます。 降り立った出雲国ではシタテルヒメまで口説いて妻にした可能性があるワカヒコに、どんな魅力があったのか・・ ワカヒコを取り巻いているみんなのアイドルだったように感じられます。 だからこそ死を悲しみ、彼の葬儀の様子が詳しく語られていました。
美男子でプレイボーイ風のアメノワカヒコの仕事は恋だったので、高天原の反感が増したのではないかと考えます。 社会のため人のためにならず、自分のための恋を仕事にするということはやはりこの世から消される運命にあったのでしょう。 日本の神社のなかでアメノワカヒコを祭神とする神社はやはり少ないようです。 特殊な神社の一つが “安孫子(あびこ)神社” で住所は滋賀県愛知(えち)郡・・・ 愛を知ると書く読み方はエチ そう・・エ(ッ)チ!な神がアメノワカヒコという落ちで終わります。