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- 2022.04.05 Tuesday
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海の向こうからガガイモの船に乗ってやって来たスクナビコナを知っていたのは
クエビコ (久延毘古) 。
バランスを崩すと倒れてしまうクエビコは一本足の案山子。
倒れたる 案山子の顔の 上に天 西東三鬼
尖った剣で出雲を脅かし国譲りを迫ったタケミカヅチに唯一従わなかった神 (天津甕星) がいました。 統率者に従順な姿勢を示さなかった天津甕星には天香香背 (かがせ) 男という別名があり、我が道を行く臭いにおいがトップに嫌われカガセ(案山子が訛った言葉)男の待遇は悪い。 ということは物知りのクエビコ (崩え彦) は星組? 自分の足で立って歩けないクエビコは田んぼの真ん中で田を守るのが仕事。
大神神社 (祭神・オオモノヌシ)) の末社・久延彦神社に
崩れるクエビコが祀られています。
オオモノヌシ(蛇)の末はクエビコ。
日向で生まれた神武天皇は45歳で東征を開始。故郷を捨て大和を目指した神武天皇は残りの生涯を大和で終えています。時代は神の世から人の世への変革期。何かが大きく変わる時代に生きた神武天皇の知名度は抜群。しかし2代目から9代目の天皇の名前を知っている人はほとんどいない。何も起こらず変化もなかったのが欠史八代と呼ばれる天皇の頃? 世間ではその存在を疑問視する人が多いですが、変化とは無縁の落ち着いた時代(一桁台天皇)があったことは注目に値すると思います。人の一生にあてはめて考えると無邪気な子供時代のようなもの?
こうして時は流れ続け、10代目崇神天皇(開化天皇の第二皇子)の時代にこの国を襲ったのが伝染する疫病。総人口の半分もの民衆が死に絶えるという悲惨な状況を演出したのが大物主神(蛇や鰐に神格化されることが多い)でした。祭政一致の政治システムに則り、崇神天皇は夢枕に立ったオオモノヌシの言葉をキャッチします。“オオタタネコを見つけ出し、自分を祀らせれば疫病はおさまる” オオタタネコ(意富多々泥古)とはオオモノヌシがイクタマヨリヒメ(陶津耳命の娘)の寝床に侵入して生ませた子で、目に見える世界を仕切る人間の男女の交わりで誕生したのではない。
神の世から人の世に移行し、忘れ去られる存在になっていたのが神? 神の息がかかった自然を前に人は想定外などと安易な言葉を繰り返してはいけない。想定しないのが自然の自然さで、人が出る幕は一切ない。
苦しみのないエデンで神から決して食べてはいけないと念を押されていたのが善悪を判断する知恵の木の果実。(旧約聖書) 善悪を判断するのは神の仕事のようで、人が勝手に善悪を決めてはいけない? 楽園生活に満足していたはずのアダムとイヴ・・ その幸せな二人の前に登場するのが鰐と同じ爬虫類の蛇。先に交していた神との約束を破り、蛇の誘惑に負けてしまうのがイヴ。状況から考えると蛇がエデン在住というのも妙な話。もしかして神の別の顔が蛇?
海の向こうから日本に渡ってきた光の主であり、また櫛箱に入るぐらいの小さな蛇でもあったのが三輪山に住処を構える大物主神(金刀比羅宮では鰐として祀られている)でした。人を輝かせると同時に人を惑わすのも神? 蛇に化けた神に騙されたアダムとイヴは神によりエデンを追放されます。その結果発生するのが人間世界における過酷な男の労働と痛みを伴う女の妊娠。人に食べてはいけないと言いながら食べるように仕向けるのが善悪を判断する木の実で、その状況を裏で観察しているのが神? (イヤな性格だよネ) エデンで裸生活を送っていたアダムとイヴは神に追放され服を着ることになるのですが、高天原の命令で追放されたスサノオノミコトはむしろその逆で、今までの服を脱いで巨大な蛇退治に出向いています。日本が見舞われた自然災害及び原発事故で思うのは隠す体質ではなく脱ぐ体質なのが本来の日本の姿。今までまかり通っていた日本の陰湿(蛇)体質が脅威の自然に向き合えるはずはない。
大己貴神と一緒に建国していた出雲国を途中で放り出し、一人で常世国に帰ってしまった少彦名神も酒と大いにかかわっていました。酒造りが得意なことで知られる少彦名神ですが、何かに嫌気がさしたかのように突如出雲国を離れています。その後、少彦名神に代わり海の向こうから訪れたのが光パワーの持ち主・大物主神。しかしオオモノヌシ本来の姿は蛇だったことから想像すると、少彦名神のように美味しい酒を造るのではなく美味しい酒を飲み干す側に属しているように思います。
丹塗り矢伝説(川で洗濯している娘の陰部を丹塗り矢で突いて妊娠させる)にも登場するのがオオモノヌシとオオヤマクイ。神の子を誕生させる一翼を担うのが丹塗り矢に変身できる酒の神で、同じ酒飲みの八岐大蛇は退治される側に立たされていました。同じ蛇なのに扱いが違うのは何故? 日本の宝(草薙の剣)を産み出した八岐大蛇は悪者として殺され、洗濯する女性の陰部を突く役回りのオオモノヌシとオオヤマクイは日本を代表する神の地位を獲得しています。
また大山咋神のルーツに“酒解(さけとき)神”とも呼ばれる山の神・大山祇神がいました。大山咋神の父が大年神、祖父がスサノオノミコト、そして曾祖父(祖母側の親)がこの酒解神である山の神。酒の酔いを醒ますという意味で酒解を理解すればいいのか・・ しかし酒解神の娘だったコノハナサクヤヒメは火中出産で三人の男の子を誕生させた気性の激しい女神。酒の酔いを醒ますイメージとは全く違い、酒を飲んでますます自分を燃焼させるタイプのよう。そんな激しい血を受け継いでいたのが丹塗り矢に変身可能なオオヤマクイ。
酒の取り扱い方法で大切なことは飲んだ酒を燃焼させ、新たな何かを産み出すことかもしれない。ところが八岐大蛇は女を食うことだけにしか目が向いていなかったみたいで、結果としてスサノオノミコトに殺されることになる運命は社会が求めた必然。しかし死んで三種の神器となる剣をこの世に誕生させた八岐大蛇もまた弾ける酒パワーを秘めていたのかも・・ また酒に関与していた少彦名神も常世国に向かう時の様子が弾け飛び現象で、コノハナサクヤヒメも旦那(ニニギノミコト)の疑いの言葉に弾け飛んだ結果の火中出産だったように思います。
一桁台の天皇から二桁台の天皇に移行した途端、世の中は乱れ始めます。飢饉で餓死する者、あるいは社会に蔓延したウィルスで病死する者など民衆の多くが失われる悲劇が起こったのが九代目(開化天皇)の次の代を担った崇神天皇の頃。生きるのが辛くなりそうな乱れた社会情勢に対し謀反を企てる者まで横行する始末。こんな世の中・・誰がした? ということで統治者・崇神天皇は神と向き合います。向き合ったのが崇神天皇の夢枕に立った大物主神。 大物主神曰く“こんな世の中にしたのはワシじゃ。真っ当な世の中を望むのなら、ワシの子である大田田根子を見つけてワシを祀らせろ!”
出雲の国造りに励んでいたオオナムチとスクナビコナでしたが、途中で投げ出したスクナビコナの後を受けて日本にやって来たのがオオモノヌシ。日本に多くの技術(医薬・醸造・農業)をもたらした小さなスクナビコナは去り、次に登場するのが大きくなったオオモノヌシ。はるばる海を渡って日本に到来した光る両者の関係は深く、ともに出雲の国造りに情熱を傾けていたことは間違いなさそう。しかしその後に展開する話では出雲国は高天原の手に渡り、輝く渡来(try)神の夢は脆くも崩れ去ることになります。チャレンジする気持ちが強ければ強いほど崩れた時の落胆は計り知れない大きさになるのがトライ心。
かつては日本の多くの寺で祀られていた牛頭天王ですが、廃仏毀釈という時代の流れに打ち勝ち現在も牛頭天王(疫病神だからこそ!)を祀り続けている寺や神社が少しはあるらしい。舞妓さんムードの祇園神を疫病神に仕立て上げることになったのが将来のことを考えなかった巨丹将来。人間関係の希薄さが生み出す疫病神もまた人の温かさを求めたいが故の結果だと感じました。