鶴姫

    わが恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ    鶴姫

                
           戦乱の世(室町時代)を激しく生き抜いた鶴姫着用の鎧。
             バストのふくらみとウェストのくびれが女性的。

         大祝家(越智氏を先祖とする一族)の長女として生まれた鶴姫は
             三島水軍を率いて攻め入る敵と戦った女性武将。
            水軍リーダーとして周防大内軍の攻撃に立ち向かい、
            水軍を勝利に導いた勇気ある女性(16歳)でした。
        そのイクサの最中、鶴姫は二歳年上の恋人(越智安成)を失います。
            冒頭の歌は勝利した鶴姫が死を覚悟して詠んだもので、
            戦いの勝利より恋人を失った切なさが伝わってきます。
            男が仕掛けたイクサに翻弄されつつも勝利した鶴姫。
            その勝利に酔うことなく18歳で自ら海に消えます。
           今日まで語り継がれてきた鶴姫の実在性は不確かですが、
            彼女が着用したであろう華奢な鎧は現存しています。
 
    
             貝殻が打ち寄せられた場所に佇む凛々しい鶴姫。

    
        宮浦港から阿奈波神社につながる海沿いの道から見た鶴姫像。
         大山積神の化身として乱世を生きたかもしれない鶴姫。
      伝説の少女ではあっても何百年も語り継がれてきた彼女の勇気は事実!     

桑子

    なかなかに 人とあらずは 桑子にも ならましものを 玉の緒ばかり    

 

        人として生きているより桑子になったほうがいい。

          玉の緒ばかりのわずかな命だとしても・・

      人は口から暴言を吐き出し、桑子は口から糸を吐き出します。

 暴言は喧嘩を生み出し、桑子が吐き出した糸は時間をかけて美しい絹織物に・・

 

桑を食べる桑子(蚕)は昆虫の一種なので一匹、二匹と数えられそうなものなのに

         どういうわけか家畜のように一頭、二頭。

   殺されたオオゲツヒメの屍体の“頭”から生じたのが一頭(?)の蚕。

        保食神の場合は額の眉から二頭(?)の蚕。

  また土神と火神の間に生まれたワクムスビの頭に生じたのが桑と蚕でした。

 殺されたオオゲツヒメ(頭)と保食神(額)が生み出したのは蚕だけですが、

    誕生したワクムスビは蚕にとってなくてはならない桑も一緒。

                         

      蚕にまつわる話で妙にかかわっているのが一頭の馬。

     他に馬を愛するようになる娘が登場し、馬と娘は行方不明。

 それからしばらくして発見されるのが桑の木に引っ掛かった馬の皮と白い芋虫。

      この白い芋虫が蚕で養蚕業の始まりとなるのですが・・

              何が言いたいのか?

 

       桑の木を嫌うとされているのが轟音を響かせる雷。
    以前 桑畑の井戸に落ち閉じ込められたことがあったからで、
       クワバラクワバラという奇妙な呪文はこの話から。

     桑の木に引っ掛かっていた馬の皮って落ちた雷(馬頭観音)?

      落としたのが馬を愛し馬と行方をくらました先ほどの娘?  

      縦糸と横糸が絡み合ってキレイな絹織物は生まれます。

   桑の木に馬の皮やピカドンの雷が絡んでキレイな絹織物になるかなあ。

      10頭の桑子、100頭の桑子、1000頭の桑子によるんだろうね。


定家葛

       
          開花する直前の定家葛・・ 風が吹くと回転しそう。

  
         弾丸のような蕾が回転しながら開花した感じ。

          カズラと命名されるだけのことはあり、

    石垣の石や近くに生えている植物にジワジワ絡み付いていく縛り屋。

         特に石に絡む場合の絡み方は半端ではない。

    石に傷が付くのではないかというぐらいトコトンその石を縛ります。

  

             伝説として語られているのが
       藤原定家と
13歳年上の式子内親王のただならぬ絡み合い。

   絡み付いたのは藤原定家が死んで生まれ変わったとされるテイカカズラ。

           絡み付かれたのが式子内親王の墓石。

          実際には定家も内親王も登場していない。

      今生で自分の恋情を内親王に告白できなかったのが定家?

 その無念さ故、定家葛に生まれ変わった定家が式子内親王の霊を縛ろうとした?

 優れた歌人のイメージが強い定家の内面は蛇のようにネチネチだったことが判明。

      死んでますます嫌われることになった定家のイメージは低下。

   
     定家が生まれ変わったという定家葛の覆いかぶさり方はキタナイ。

      “式子内親王の魂は誰にも渡さん!”(歌人の本音?) 


枯れ木に灰をまいて花を咲かせたのは昔話に登場する正直爺。その灰の元々は餅つき用の臼で、その臼を燃やして灰にしたのが正直爺の隣人・強欲爺。正直爺の真似をして自分も宝を手にしようとする強欲爺ですが、強欲爺の庭から出てくるのは汚物ばかり。この話に婆が出てくることはなく、隣人同士の二人の爺にかかわるのが正直爺に飼われていた犬。宝が埋まっている場所を教えることができた犬は特殊な能力を持ち合わせていた? その犬の存在を羨ましがったのが強欲爺。しかし自分の欲を満たしてくれない犬に愛想を尽かし殺害。(勝手なジジイだ!) そこで正直爺は殺された犬を引き取り自分の庭に埋め、風雨から守るため墓の近くに木を植えたそうな・・

 
先に示した臼は正直爺が死んだ犬を風雨から守ろうとして植えた木から作られたものでした。宝だけを目当てに動く強欲爺に反応しなかったのが犬の心を宿した(?)臼。最後にその臼は斧で割られ薪となって囲炉裏にくべられます。灰になってしまった臼を見て嘆き悲しんだのが夢の中で出会う犬の言葉通り動いていた正直爺。灰を桜の枯れ木に振り撒くことになったのも本を正せば正直爺の夢に出てきた犬のお告げ。
犬のお告げを神のお告げのように感じ素直に行動したのが正直爺? 一方、強欲爺と夢の接点はまるでなく目の前に見えている宝だけに執着しています。

                
有機物の燃焼で最後に残るのが灰。その灰をかぶった桜の木は生き返ります。宝に目がくらむ強欲爺も少しは役に立つことをしてたのかも。継母に灰かぶり姫と呼ばれていた“シンデレラ(Cinderella)”は“cinder(灰)”を取り除くことで本名エラ(シンデレラの最後のella)が出現します。白黒がハッキリしない灰はいらない。



 


金太郎

酒飲みは神話でも童話(昔話)でも嫌われる存在で、女を食い物にしていた八岐大蛇は鼻が利くスサノオノミコトに退治されました。また丹波(西)の大江山に住む酒呑童子を退治したのが相模(東)の足柄山に住む山姥の子として生まれた金太郎。
時は平安時代・・ 幼い頃から力持ちだった金太郎は皇族から武士になった源頼光との縁で坂田金時として歴史舞台に登場。金という文字をあしらった腹当てがトレードマークの金太郎は童話の世界から抜け出し、いつしか現実の武士(頼光四天王の一人)の仲間入りを果たすことに・・ 童話と現実の境界は本の紙一重!

                 
天神様は牛に乗り、武士(人)は馬に乗り、金太郎は熊に乗る。熊を味方につけた怪力少年は坂田金時という名を得て酒呑童子と対峙します。酒呑童子の親父というのがヤマッタと思っても簡単にはヤマラナイ大酒飲みのヤマタノオロチ。都人を災いの渦に巻き込む八岐大蛇の血を受け継ぐ者は殺されなければいけないのが神代からの鉄則。大江山の鬼をやっつけ、さらには土蜘蛛を討ち取ることに成功したのが童話出身の金太郎こと坂田金時でした。これらの話を総合すると前後不覚の状態に陥る酔っ払いが鬼と見なされ、その鬼と向き合うように設定されているのが日本男児を代表する何々太郎(金太郎・桃太郎)。


太郎の前に何も付かない浦島太郎が向き合うのは乙姫様。
そして寝て暮らすだけの無精者ものぐさ太郎が向き合ったものは何もない。西を代表する酒呑童子と東を代表する金太郎の対立(向き合い)で殺されるのはもちろん酔っ払いの鬼グループ。向き合うことは勝者と敗者を生み出すことになり、その勝者の名前が金時(金太郎)。
金の威力はいつの時代も強い。

 

餅と白鳥

          祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

         沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす

       おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし

       たけき者も遂には滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ

 
栄華を極めた平家滅亡を予言する文章で始まる平家物語の冒頭部分に紹介されている“おごれる人”。自分は他者とは違って才能もあるし金もある・・という思い上がった人物はいずれ滅ぶということから“驕る平家は久しからず”という諺が生み出されることになり、平家滅亡のキッカケは驕った平家だった。

 
豊後国風土記(速見郡にある田野という場所で所在は不明)にも“おごれる人”の話が伝わっています。もともと“田野”という場所は肥えた土地で、他の土地とは比べものにならないぐらい田に適した土地でした。この地で開墾し多くの米を収穫した民は感謝の気持ちを忘れ、その結果おごれる人に・・ 自分たちの富は当然という感覚でいつの間にかおごれる民が完成。そんな驕った彼らの遊びが余った米から餅を作り、その餅を的にして弓矢で射るというもの。その射られた餅が白い鳥に姿を変え南方に飛び去ることが発端となり、この土地を耕していた民は滅亡。耕す民がいなくなった土地は荒れ果て、結局肥えた土地だった田野は荒野に・・

  
水田に適する肥えた土地の守り神だったのが白鳥? 白鳥に変身する以前の姿は餅ということなり、餅がいなくなった土地は荒れ果てる運命にありそう。その一方で白い鳥が北からやって来て餅に姿を変える話(その地は栄える)もあり、餅と白い鳥は一体化しているように思います。白い鳥(鵠)を見て言葉を発するようになったホムチワケや死んで白い鳥になったヤマトタケルなどを思い出すと、神の化身が白鳥かな。餅と白鳥が一体化したものと仮定して考えると餅を的にすることは神を的にすることになり、神の怒りに触れた結果の没落? おごり高ぶる精神を嫌うのが白い鳥で、没落するのは必衰の理。


色男の性癖

125編の短い話で構成されている“伊勢物語(平安時代の歌物語)”のモデルは在原業平らしき男。六歌仙の一人だった業平らしき男(業平本人ではない?)は自分の恋心を情熱的にアレンジするのが上手そう。多くの女性をモノにするのが色男の仕事・・ということで金も力もない色男の恋愛における武器は頭脳と情熱を駆使して綴る歌詠み? 伊勢物語の各冒頭を飾る言葉“むかし、男ありけり”の男が業平という和歌の達人として考えると、歌の数だけ女もいた可能性が・・ そういえば神話に登場する出雲の統治者オオクニヌシも高志国の沼名河比売に歌で言い寄る恋愛話がありました。

                        
プレイボーイ業平の父は阿保親王(平城天皇の第一子)、母は桓武天皇の娘(伊都内親王)。業平の祖父(平城天皇)が桓武天皇の子なので、桓武天皇をベースにして考えると三代目の父と二代目の母の間に生まれたのが業平ということになります。また阿保親王(業平の父)の叔母が伊都内親王(業平の母)となり、叔母と甥という近親関係の夫婦に誕生したのが和歌の名手。彼の家庭内を想像すると女性がリードする家庭環境だったようで、プレイボーイ誕生の影には家庭をリードする姉さん女房のママがいました。

 
旦那をリードするママに育てられた業平をモデルにした伊勢物語の第一段が“初冠”という話。昔、ある男が鷹狩りで奈良の春日の里を訪れた時のこと。その里に美しい姉妹が住んでいて、隙間から彼女たちの様子を覗き見したのが遊び人の業平。自分が着ていた狩衣の裾を切り、それに歌を書いて姉妹にプレゼント。

               

   春日野の 若むらさきの すりごろも しのぶの乱れ かぎりしられず

    
摺り衣から想像すると春日野の姉妹と夜を共有したい雰囲気が感じられます。ここで気になるのがプレイボーイに見初められた姉妹の女性。対象者が一人ならそれほど大きなトラブルを引き起こすことはないと思うけれど、相手は血縁関係にある姉妹。
普通の男女の仲では満足できず、危険な男女女関係に発展させたいのがプレイボーイ的思考? 天皇の地位より女の反応に興味を示す業平はこの後、以下のような歌も詠んでいます。

 

   みちのくの しのぶもぢずり たれゆえに 乱れそめにし 我ならなくに

          
“私の心が乱れるのはあなたゆえ・・あなたに会いさえしなければ私の心がこんなに乱れることはなかったろうに”というような内容で女の反応チェックに使われています。そもそも姉妹を相手にしていること自体、要注意の男。そして最後の125段目の話が“ついにゆく道”という最終場面。業平の辞世の句とも言われている次の歌で作者不詳の伊勢物語は幕を閉じるのですが・・

 

  つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど きのうけふとは 思はざりしを

 
伊勢物語の中の男と女にまつわる話は長続きしない短編ばかり。長続きしないが故に業平らしき男は次から次に女をチェンジ? プレイボーイの行動パターンは昔も今も変わりなし。女性側から言わせてもらうとプレイボーイは容認するとしても、まず姉妹(ふたり)を相手にしてはいけませ〜ん! さらに女の反応を覗き見しようとする性癖は改めるべきダッ。覗き見している間につひにゆく・・ということにならないためにもネ。 


男が選択すると・・

丹後国風土記逸文に記述されていた浦島子の夢舞台は丹後半島でした。魚を釣るつもりで島子が釣り上げたのが五色に輝く亀。その特殊な亀は突然美しい女性に姿を変え、島子を道連れに常世の蓬莱山を目指すことになります。何の苦労もない常世生活で二人は肩を並べ袖を接して夫婦となるのですが、楽しい常世生活はわずか三年で幕切れ。神武天皇の祖父(山幸彦)も島子と同じように妻(豊玉姫)の故郷(龍宮)に別れを告げたのが三年目。その後、夫は妻の故郷を脱出し自分の故郷を目指します。
妻の故郷に満足できなかった浦島子もまた自分の故郷を思い出していました。

                 
故郷が違うと別れの原因になりそうな話で、島子も故郷に残してきた父母を想いやっていました。結果的に島子は常世美人(連れ合い)を捨て故郷への道を歩み始めます。血縁関係のない連れ合いより深い血縁関係で結ばれている家族を選んだのが島子。肩を並べ接していた袖を分かつことになった夫婦は初めから同じ本を読まず、違う本を読んでいた? 違う本であるなら結末も異なるのは仕方のないこと。珍しい五色の亀を釣り上げ幸せの渦中にいた島子は望郷の念を捨て切れず、楽しさイッパイの常世を捨て両親の元に戻ることで直面したのが現実の時の流れ。

                
島子が常世(連れ合いの故郷)で過ごした三年は現世(島子の故郷)の三百年に匹敵する時間で、常世(亀の国?)の時の流れはユッタリしています。亀の相手にふさわしいのは亀に勝利を与える兎でなければならず、現実志向の島子は常世の眠りに没頭できなかったのかも。結果として現実を重視した島子は掴みどころのない煙を浴び、ジイサンロードを突き進みます。我を忘れていた島子が我に返ったのはヨカッタのかマズカッタのか。我を殺したり我を張ったりしなくてもいいのが我を忘れている時で、我に返った島子を待ち受けていたのが忙しく過ぎ去る現実の時間。

 
先日紹介した荘内半島も浦島伝説に絡む土地柄で、浦島太郎を生み出す大きな要因として考えられるのが完全な島になりきれない半島であること。半分はこの世のシガラミと付き合い、後の半分で常世願望を募らせる中途半端な太郎さん。男という性の特徴がこの中途半端さ? 開けてはいけなかった玉手箱を開け、立ち上った煙が紫の雲(紫雲出山)となったとするのが荘内半島の浦島ストーリー。乙姫との約束を破り血迷った太郎が箱を開けたことが功を奏したのか、荘内半島の中央部にそびえる紫雲出山は瀬戸内海の多島美を満喫できるビューポイントになっています。

  
      美しい山容の飯ノ山や屋島まで見渡すことができました。

瀬戸内海に北西に突き出すような形で伸びているのが太郎の故郷とされる荘内半島。
海の向こうにあるのが常世だったことから考えると常世方位は北西? しかし太郎は現実を生きるため故郷に戻って来ました。仁義深い老人になって余生を過ごしたのが仁老(塵労?)浜とやらで、長生きするのも大変だ! 世間のしがらみを取って長生きするか、常世の安定を取ってこの世に決別するか。そしてもう一つの選択肢がこの世に常世をつくること。

 

    風任せ 自由気ままな 常世旅 世間のしがらみ ポイポイ捨てて 


奇び

         万物の内に、人是最も奇びなり  日本書紀(孝徳紀)

 

“奇び(くしび)”とは神秘的な力のことで、そのチカラを発現できるのが人。その奇びなる神霊パワーが発揮されたことで日の目を見たのが日本三景の一つに指定されている天の橋立。丹後国風土記逸文によると“久志備の浜”とも呼ばれていた時期があったらしい。その内容は国生みに携わっていたイザナギノミコトが高天原と地上を往復するため梯子を用意し、その梯子を立てかけたまま寝てしまったことが原因で梯子は倒れます。今まで可能だったイザナギノミコトの天地間往復も梯子が倒れたことで終焉を迎えてしまう話のポイントは何なのか。

                 
倒れるはずのない天につながる梯子が自然に倒れたことが“奇び”に当てはまる感じで、その梯子に宿っていたのが神霊? 奇びの位置付けは立っていたものが倒れる・・すなわち縦が横になるということかな。縦の物を横にもしないというモノグサ状態ではなく、神霊が宿っていた縦の梯子は自ら横になった? そこで久志備の浜と呼ばれることになったのが現在目にする天の橋立。宮津湾を分断するようにできた砂洲の東(外海)が与謝の海、西(内海)が阿蘇の海という名前で呼ばれています。
 そして一つの湾を東西に分けた砂洲の名前が奇びな経緯で生じた“天の橋立”。

 要するに立っているモノが自然に倒れると久しい志を備えた砂洲(浜)になる?

 そしてその奇び現象が明日に架ける橋の役目を担っているように思います。

   

          明日につながる方向は北東あるいは南西。

          見る位置により全く逆転してしまうので、
      三角形になる股の間から尻を向けて覗かなければいけない。


松浦佐用姫

 万代に 語り継げとし この岳に 領巾振りけらし 松浦佐用姫    作者未詳

 
万葉集に詠まれたこの歌のように領巾(ひれ)を振った佐用姫の話は人々の間で語り継がれ、後世の今でも“松浦佐用姫(まつらさよひめ)”という女性は伝説の中で生き続けています。歌に出てくるこの岳というのが領巾振山(佐賀県唐津市にある鏡山)のことで、彼女はこの山に登り領巾(別れを惜しむ時などに振るスカーフのようなもの?)を振りました。別れの相手は彼女と契りを交した大伴狭手彦。新羅に侵略された任那救援のため日本を離れなければいけなかった恋人に向かって手を振らずに領巾を振った佐用姫。狭手彦の船出に際し、佐用姫が振ったヒレは何を象徴しているのか・・

                   
話がコレだけだったら万代にまで語り継がれるはずはないのですが、肥前国風土記に登場する日下部一族の娘・弟日姫子と同一化された佐用姫のその後が語られています。その内容は狭手彦と別れて五日目の夜に出現したのが狭手彦によく似た人物で、それ以降毎晩のように訪れ彼女と添い寝を繰り返していたらしい。しかし早朝にはいなくなってしまうことを不審に思った彼女は麻糸を彼の衣の裾に縫い付け、その麻糸を手繰っていきました。

 
大物主神と活玉依毘売に関する話にも麻糸が関与しています。夜毎に訪れる若い男によって妊娠させられた活玉依毘売もまた正体不明の男を探すために用いたのが麻糸。狭手彦と同じように早朝にはいなくなってしまうその男の衣の裾に縫い付けられた麻糸は鍵穴を抜け三輪山へと続いていました。そこでその男の朝の名前が判明します。

 
夜には確かに存在していたはずの狭手彦の行方を追いかけ、朝を迎えた佐用姫は麻糸を手繰って来ました。たどり着いた場所は船出する狭手彦にヒレを振ったあのヒレフリ山の頂にあった沼地で、その地に居たのが蛇。水際に横たわっていた蛇が突然人間の姿に変わり、佐用姫に向かって以下のような歌を詠んだそうな・・

   

     篠原の 弟姫の子そ さひとゆも 率寝てむ時や 家に下さむ 

 

佐用姫は間違いなくオトヒメの子なんだ。一夜でいいから同じ床で寝てみたいものだ。そのことが叶えられれば佐用姫を家に帰してやろう・・という高飛車発言をしているのが蛇。その後、沼の底で人の屍が発見されました。狭手彦の化身(蛇)に沼に引き込まれ死んでしまったとするのが弟日姫子。佐用姫バージョンの方は別れに耐えられなかった姫が船出した狭手彦を追いかけ呼子まで行き、目の前に広がる玄界灘を見つめていたのか・・ 佐用姫の分身的存在の狭手彦と別れなければいけない寂しさで、最後彼女は石に変わります。

 

唐津湾に面した唐津市にあるのが松浦佐用姫伝説で知られる台形型の標高284mの鏡山。頂が平らになっているのが特徴で香川県の象頭山(中腹に金刀比羅宮がある)や屋島に似た山で、日本を代表する富士の峰のように先端が尖っていない。その平らな部分にあるのが蛇池という名の池で、佐用姫伝説はこの地で具現化されています。
また虹の松原にも近く松浦川の東にある鏡山から北西方向にあるのが佐用姫伝説にも絡む衣干山。恋人との別れをいつまでも悲しんではいられないと感じた姫が新たな人生をスタートさせるため涙で濡れた衣を干した? 

 
しかし伝説として有名になったのは姫が領巾を振った領巾振山の方で、現実の姫は衣を干して長生きしたのかもしれない。乾燥した現実と濡れた伝説の狭間で万代に語り継がれたのは涙に濡れた佐用姫で、伝説になるための条件は悲恋であること。現実に伝説として語り継がれることになった本人佐用姫は本の中に現実に存在しています。


calendar
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM