字にならないこと

天吾に宛てたテープのなかでふかえりはこんなことを言っていた。

 

「ギリヤーク人はサハリンに住んでいて
アメリカインディアンと同じで字をもたない。
記録も残さない。私も同じ。
いったん字になるとそれは私の話ではなくなる」

 

勝者によって書かれる歴史は真実とはいえない。
歴史書は彼らの思惑が字になっているだけだから。

 

「大事なものは森の中にあり、
森(心の奥)には害をなすリトルピープルがいる」

 

大事なもの(こと)を誰かに伝えたいときは
リトルピープルの力が必要になるのかもしれない。

1Q84で天吾が過去を書き換えるように
リトルピープルは現実を書き換える。


顔を歪めるとき

青豆は自分の欲望のまま少女をいたぶるネズミ野郎を
この世から消すことを仕事 (この社会に対する彼女の強烈な意志) にしている。

 

『私は日々丁寧に新聞を読んできたし、
「丁寧に新聞を読む」と私が言うとき、
それはいささかなりとも意味のある情報は何ひとつ見逃さないということだ』

 

ところが三年前の報道 (山梨山中で過激派と銃撃戦 警官三人死亡) は
彼女にとって初耳のできごとだった。
青豆は大きく顔を歪める。

そこにはなにかしら理由があるはずだ。
というか、理由はなくてはならない。
どうしてそんな重大な、
日本全体を揺るがせるような事件を私は見逃したのだろう。

 

起こった何かに対して
その背後に垣間見える胡散臭さを青豆は的確に見抜く。
彼女が顔を歪めるとき、
それは事実ではないのだろう。

 

しかし青豆の怒りが頂点に達して
無神経な暴力男が心臓発作で死ぬとき、
これは事実と判断できる。


誘惑に導かれて

「これを食べるとあなたは死ぬ」という神の言葉を退け
「これを食べると神のように目が開いて賢くなれる」
という蛇の言葉を信じたアダムとイヴ。
人類すべてが背負う原罪はここから始まる。

 

自らの死を棚上げ(死ぬわけないよと勝手に判断)にして
神の目で世界を見て神のように世界を支配するという彼らの選択は
創造者に深い絶望をもたらしたのではないだろうか。


禁断の果実を食べた後、
彼らは互いに裸(本来の自分))であることを隠し合い(秘密を持つ)
楽園追放後の彼らの生活は死より悲惨なものだった。
さらに二人の息子は殺害の加害者と被害者になる。

 

人類の細胞に刻まれてしまった原罪をリトルピープルと仮定すると
神を必要とせず蛇を盲信(自分で考えない)している人たちという答えにたどり着く。

 

「彼らはただそこにいた」
「我々は大昔から彼らと共に生きてきた」

空気さなぎの原作者であるふかえりは言う。
「妊娠したくない」

この世界の真実を把握していそうな彼女のこの言葉は
切実かもしれない。


白雪姫のように

白雪姫は母親の娘に対する現世の憎しみで殺される運命にあった。
しかし置き去りにされた森の中で偶然見つけた小人の家。
彼女は小人の提示した家事を完璧にこなすことを条件に
森(異界)の中で暮らし始める(生き続ける)。
しかし森の中にあっても殺される運命は変わらず
彼女は三回の死を体験する。
そしてその都度生き返る白雪姫。


彼女(他者を疑うことなく信じる)は死と再生を繰り返す必要があった。
鵜呑み傾向にあるだまされやすい白雪姫。
その蘇生は森の中の住人である小人によってなされたと考えられる。

 

リトルピープルは深い知恵と大きな力を持っている。
リトルピープルの害を受けないでいるには
リトルピープルの持たないものを見つけなくてはならない。

 

彼らが持つ知恵や力では対抗できないはずなので
複雑なリトルピープルを驚嘆させるくらいの単純な美しさで
彼らに対抗するのはどうだろう。

殺されていることに気付かないまま生き返った白雪姫のように


イメージ

『リトル・ピープルの着ている服はどこにでもある普通の服だった。
奇妙な言い方だが、それ以外に形容のしようがない。
いったん目をそらせたら、
彼らがどんな服を着ていたか、もうまったく思い出せなくなってしまう。
それは彼らの顔立ちについてもいえることだった。
その顔立ちは良くも悪くもない。どこにでもある普通の顔立ちだった。
そしていったん目をそらせたら、
彼らがどんな顔をしていたか、まったく思い出せなくなってしまう。
髪も同じだ。長くもなく短くもない。それはただの髪だ。
そして彼らには匂いというものがない』

夜、死んだ山羊の口から這い出てきたリトルピープルは言う。
「われらに歌はない」

 

香りもなく歌もなく空気の中から糸を取りだし
空気さなぎ(彼らのすみか)を作りだすリトルピープル。
そのすみかをどんどん大きくして
あるところまでくると自然にはじける空気さなぎ。

死に行く深田保は言っていた。
「我々は大昔から彼らと共に生きてきた。
まだ善悪なんてものが存在しなかった頃から。
人々の意識がまだ未明のものであったころから」

 

いったん目をそらせたら、
まったく思い出せなくなってしまうリトルピープル。
服装も顔立ちも髪型も何も思い出せない。
そして彼らは空気さなぎがはじけて
何が出てくるのかを楽しんでいる。

 

イメージで生きることは危険なことかもしれない。

リトルピープルに自分自身を乗っ取られないようにしよう。


破壊できない存在

教団さきがけのリーダー (ふかえりの父) は青豆に言う。
「君はすでに特別な存在になっている。
だから彼ら (リトルピープル) は君を破壊することはできない」

 

冒頭で青豆を乗せたタクシードライバーはこう言っていた。
「そういうことをしますと
そのあとの日常の風景がいつもと違って見えるかもしれません」
こうして高速道路から降下 (安全を捨て危険を冒す) した青豆は
1984年から1Q84年に突入する。

リーダーが言う青豆の特別な存在とは?
大衆の1984年から脱出して自分だけの1Q84年をつくった。

さらに1Q84で天吾に偶然会うという筋書きで心を満たしていた。

リトルピープルが侵入できる余地もないくらいに。
 


こんなところにいたくない

ふかえりはリトルピープルが出現する経緯を
こんな風に語っている。

 

山中にある閉鎖的なコミューンで
盲目(目ではなく耳や鼻で知覚する)の山羊(スケープゴート?)
の世話をさせられていた。
しかし彼女がちょっと目を離したすきに死んでしまう。
命あるものはいつか死ぬ。

 

ところがこの特殊な山羊が死んだことで
彼女は土蔵に閉じ込められるという懲罰を受ける。
コミューンにとって大切な山羊は死んだのであって
殺されたのではないにもかかわらず
コミューンは彼女が殺したと判断したのだろう。

 

結果、10歳の少女と死んだ山羊は暗い土蔵の中で
10日間という時間を共有することを余儀なくさせられる。
そして三日目の夜、山羊の口からリトルピープルが出現し
空気さなぎを作り始める。

 

隔離された土蔵の中では昼も夜も似たようなものだろうけれど
リトルピープルはわずかに木漏れ日の入る昼は避けている。
夜に出現する彼ら(魑魅魍魎?)の居場所は森。
森の木をすべて伐採して向こうの山までスカーンと見えるようにすれば
リトルピープルは居場所を失うし
意味不明の空気さなぎが生まれることもない。

 

こういうことを体験したふかえり(当時10歳)は
両親のいるコミューンを脱出する。
自分が自分であり続けるために。


何が現実なんだろう

自分が知っている現実 (1984年) に違和感を感じた青豆は
図書館で世界が伝えた新聞ニュース (1981年9月から11月) と
自分の記憶が一致するかどうかを確認する。

 

そんななか、
ソビエトのポーランドに対する内政干渉を牽制するため
レーガン大統領の声明文が掲載されていた。


「ポーランドでの緊張が米ソ共同の月面基地建設計画に
支障を及ぼさないことを期待する」

米ソ冷戦時代に米ソ共同の月面基地建設?
対立を装いながら世界の強国は裏で歴史を書いている?

 

青豆にとっての現実はただ一つ。
いつか天吾にばったり出くわすこと。
だから捜したりはしない。
神の御心にそうならきっと会える。


ほんとう

ふかえりの口述記録である
空気さなぎの意図する世界に深入りした天吾は
ふかえりのゴーストライターとして
彼女の作品を完成させる。

 

天吾 「空気さなぎはどこまで本当に起こったことなんだろう?」
ふかえり 「ほんとうというのはどういうこと」

 

みかけにだまされないように。
現実というのは常にひとつきりです。

 

ふかえりにとって現実はひとつしかない。
だからほんとうという世界も存在しない。


何かがある

ふかえりが語ってあざみ (ふかえりのそばにいた) が記録した
空気さなぎという作品に魅せられた小松 (本の編集者) と天吾。
彼らが仕組んだ詐欺的行為の結果、
空気さなぎの空気が世間に流入することになる。

 

天吾は小松のことをこのように言っている。
「小松さんも文学に憑かれた人間の一人です。
そういう人たちの求めていることはただひとつ。
一生のうちにたったひとつでもいいから間違いのない本物を見つけることです。
それを盆に乗せて世間に差し出すことです」

 

ここは見せ物の世界。
何から何までつくりもの。


だからこそ彼らは本物と感じる空気さなぎを
危険を冒してでも世間に差し出そうとしたのだろう。

 

聖書は神の霊感の書であるという。
神は光あれと言われた。すると光があった。

 

ふかえりが言ってあざみが記したという空気さなぎは
聖書的である。


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